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総説
自己評価の実際
オーストラリアで試行されているSASA: 概要と臨床適用の可能性*1
西立野研二*2
 
はじめに
 
 SASAはSelf Assessment Service Auditの略称で, Palliative Care Australia(オーストラリア緩和ケア協会)(以下, PCAと略す)の基準・質委員会が, PCA『緩和ケア提供のための基準1999年版』(以下『緩和ケア提供基準』と略す)に基づいて, 各緩和ケア事業体がケアや事業の質を自己評価するために開発した事業監査のツールである。業務監査のための構造化された方法を求める声に応じて西オーストラリア州緩和ケア協会の基準・質委員会が作成した草案を最終的には各州・地域の代表で構成される全国レベルの基準・質委員会が修正編集したもので, 2001年9月に発表された。
 SASAは, 各緩和ケア事業体にはCDフォーマットとして配布されている。PCAのホームページ(http://www.pallcare.org.au)からダウンロードも可能である。SASA本体のほかに, 評価要約書式, 用語解説, 参考文献が収録され, 『緩和ケア提供基準』, 緩和ケア研究ツールの例, 症状評価記録書式なども付録として添えられており, 合計77ページに及ぶ。
 PCAとしては, 試用とニードの充足度や改善点などについてのフィードバックを呼びかけている。複数の緩和ケア事業体が協同で試用する場合には, 事業体間の類似点・相違点を熟慮したうえで標準レベルを設定するように注意を喚起している。SASAは, ACHS EQuIP(Australian Council on Healthcare Standards が行う機能評価, ホームページhttp://www.achs.org.au からダウンロード可能)の自己評価の代替にはならないが, 審査の際に目標達成度を示すものとして提示することができる。現在, PCA基準・質委員会は, SASAを洗練するために, 評価や標準設定にも役立つ業績指標performance indicators の開発作業を進めている。
 
表1 SASA概要
領域 基準 項目 記述子
1.身体 1.1 患者・家族の総合的アセスメントを行ってケアプランを立てる 1.1a 紹介に対する優先・対応指針があるか
1.1b 紹介対応時間を定期的に評価しているか
1.1c アセスメントやその記録が重複しないよう調整しているか
1.1d アセスメントは緩和ケア専門臨床職が自ら行うか見直すかするようにしているか
1.1e アセスメントに患者・家族のニード, 理解, 要望を記録しているか
1.1f 適宜アセスメントツールを利用しているか
1.1g アセスメントの際に総合的な個人データや臨床データなどを得て記録しているか
1.1h スタッフは初期アセスメントデータの定期的な見直し, 更新をしているか
1.1i 退院が見込める場合, 入院当初から退院計画を立て始めているか
1.1j 患者・家族の終末期に向けての要望について入院当初に検討したか
1.2 患者・家族のニードに基づくケアプランの策定, 定期的見直しをする 1.2a ケアプランはアセスメントに基づき, 定期的に見直しているか
1.2b ケアプランは患者・家族の決めた目標に配慮しているか
1.2c ケアプランの記録は簡明か
1.2d ケアプランにはどのようなケア環境下でも継続性を提供するために必要な援助策を明記しているか
1.3 症状マネジメントは妥当な方法で系統的に上手に行う 1.3a 患者・家族の疾病理解や治療目標をふまえたアセスメントであるか
1.3b 症状マネジメントの評価にしかるべきツールを使用しているか
1.3c 妥当性の高い治療方針をとっているか
1.3d 治療の有効性を常にアセスメントしている証拠が病歴に残されているか
1.3e 患者のニードに応じ適宜外部事業体に依頼しているか
1.3f 患者の苦痛が強い時, すばやく適切な対処をしているか
1.3g 症状マネジメントは患者・家族と協調して行っているか
1.4 終末期に移行したことを遅滞なく診断し, 行き届いたケアを提供する 1.4a 患者・家族の要望に沿って個別的な治療やケアを行っているか
1.4b 終末期のケアを受ける場所についての患者・家族の要望を記録しているか
1.4c 終末期に移行したという診断を記録しているか
1.4d 終末期のケアニードに配慮した資源配分をしているか
1.4e スタッフは死亡した患者とその家族に思いやりをもって接しているか
1.5 ケアを提供する環境の重要性を認識し, 患者・家族の要望に配慮する 1.5a ケア環境についての患者・家族の要望を記録しているか
1.5b ケア環境を提供するに当たり, 安全確保の重要性を考慮しているか
1.5c ケアプランは患者・家族の外出願望を想定したものであるか
1.5d ケアプランは患者・家族の家庭的環境に対する願望を想定したものであるか
1.5e 家族がケアに参加しているか
2.精神 2.1 死に至る病が患者・家族に与える精神的影響を見極め, 適切に対処する 2.1a 多職種チームに終末期患者に精神的ケアを提供するための訓練を受け技術を身に付けたメンバーがいるか
2.1b 全職種がケアプラン作成や評価に関与しているか
2.1c 患者・家族の精神面や感情面のニードをケアプランに記録しているか
2.1d しかるべき精神アセスメントツールを使用しているか
2.1e 患者・家族の精神的ニードを随時見直しているか
2.2 患者・家族の精神的ニードに対処しきれない場合, 外部の専門事業体に紹介する 2.2a 紹介の方針や手順を定めているか
2.3 家族や介護者のニードに即して妥当なビリーブメントプログラムを提供する 2.3a すべての患者・家族についてビリーブメント・リスク・アセスメントを行っているか
2.3b 複雑な悲嘆反応のリスクの高い人を識別するためのツールを使用しているか
2.3c ビリーブメント援助に関わるスタッフ・ボランティアに訓練, 監督, 支援をしているか
2.3d ビリーブメント支援のアウトカム評価を行っているか
2.3e ビリーブメント業務は事業体の核心をなすものとして予算づけられているか
2.3f カウンセリング専門家の名簿はいつでも利用できるか
2.3g 患者・家族のニードが内部で対処できない場合, 適宜外部のカウンセリング事業体に紹介しているか
2.4 死んでいく患者や家族にケアを提供することがスタッフに与える影響について認識する 2.4a スタッフ・ボランティアのための状況支援策を用意しているか
2.4b 他職種チームが定期的報告会に参加できるようにしているか
2.4c 他職種チームは重大事故についての報告を随時受けているか
2.4d 他職種チームがコーピング能力を高めるための教育の用意があるか
3. 社会 3.1 患者・家族の社会的ニードについて総合的アセスメントをする 3.1a 社会的ニードについて患者・家族と協議してケアプランに組み込むようにしているか
3.1b 患者・家族の社会的ニードについてのスタッフ・ボランティア教育プログラムを用意しているか
3.2 社会的ニードに応じて患者・家族と協議して個別的かつ統合的なケアプランを立てる 3.2a 初期アセスメントで把握した患者・家族の社会的ニードに配慮したケアプランであるか
3.2b 社会的ニードの内容や優先順の変更に応じてケアプランを変更しているか
3.2c 関係社会福祉事業体への紹介手順は整えられているか
3.2d 患者が既に利用している社会福祉サービスをケアプランに組み込んでいるか
3.3 地域社会における緩和ケアの認知度を高め, 維持することの重要性を認識し, そのために行動する 3.3a 代表的緩和ケア関係団体に加盟しているか
3.3b 緩和ケアに関する地域の認識を高めているか
3.3c 緩和ケアに関する認識を高める地方レベルおよび国レベルの運動に参加しているか
3.4 事業体は社会政策決定に積極的に関わる 3.4a 政策決定や緩和ケア事業育成に役立つ社会的データを集めているか
3.4b 政策決定を促す会議や公開討論に参加しているか
4. 霊性 4.1 患者・家族にスピリチュアルな次元があることを認め, 探り, 適切に対処する 4.1a 患者・家族のスピリチュアルな力とニードを把握して記録しているか
4.1b ケアプランはスピリチュアル・ニードのアセスメントを反映しているか
4.1c スタッフ・ボランティアはスピリチュアルな事柄に関する認識を深める機会を与えられているか
4.2 患者・家族の信仰を知り, 尊重する 4.2a 宗教的なシンボルや肖像の使用に関して寛容であるか
4.2b 患者・家族は信仰に関わるシンボルや肖像を気兼ねなく掲げることができるか
4.2c 患者・家族がしきたりやまじないをする機会を提供しているか
4.2d スタッフ・ボランティアが様々な信仰や伝統について理解を深めるためのプログラムを用意しているか
4.3 患者・家族・介護者に対するスピリチュアルないし宗教的な援助を適宜提供する 4.3a 多職種チームにはしかるべき訓練を受けた有給のパストラルケア専門家がいるか
4.3b スタッフは事業体内外のパストラルケア担当者への連絡依頼方法を知っているか
4.3c パストラルケア担当者の名簿はいつでも利用できるか
5. 文化 5.1 患者・家族の文化的ニードを満たし, 地域社会の文化的多様性に配慮する 5.1a 地域社会の文化的多様性に配慮しているか
5.1b 文化的ニードについて記録しているか
5.1c 必要なときに依頼できる通訳は確保されているか
5.1d スタッフが様々な伝統文化についての理解を深めるためのプログラムを用意しているか
6. 機構 6.1 患者・家族に医療, 看護その他の業務を統括的に提供する多職種チームがある 6.1a チームの働きの指針となる理念を成文化しているか
6.1b 事業体の目標を成文化しているか
6.1c 成文化された理念や目標はいつでも参照することができるか, また定期的に見直しているか
6.1d 多職種チームに緩和ケア専門臨床職が加わっているか
6.1e 多職種チームは全人的ケアを提供しているか
6.1f 専門家のアセスメントとケアを1日24時間, 週7日いつでも提供できる用意をしているか
6.1g チームは患者・家族のケアを計画や見直し, 評価のために定期的に会合を持っているか
6.1h チームが運営や企画について討議できる場と機会を確保しているか
6.1i 指導管理職は関連分野における資格を有しているか
6.2他職種チームにはしかるべき訓練を受けたボランティアが加わっている 6.2a ボランティアの参加を事業体の理念や目標に明示しているか
6.2b ボランティアの補充, 選考, 訓練, 業務, 支援, 評価の指針や手順を定めているか
6.2c ボランティアの活用や監督に関する指針を定めているか
6.2d ボランティア活動のリスクを軽減するための指針や手順を定めているか
6.2e 専任のボランティア・コーディネーターがいるか
6.3 多職種チームや外部の医療従事者に緩和ケア専門教育を提供する 6.3a スタッフ・ボランティアに教育の機会を与えているか
6.3b 外部の医療従事者に教育を提供しているか
6.3c 最新の教育的資料はスタッフが利用しやすいようにしているか
6.4 臨床・運営の質向上や研究に関わる 6.4a 倫理委員会を設けて研究を導いているか
6.4b 質向上プログラムがあるか
6.4c 質向上プログラムの指針を定めているか
6.4d 研究を促進する指針を定めているか
6.4e 質向上計画は患者・家族のニードに焦点を絞っているか
6.4f 患者・家族の観点から業務を評価する仕組みがあるか
6.4g 業務のアウトカムを図っているか
6.4h 標準設定を質向上プログラムに含めているか
6.4i 継続的に質向上に取り組んできたことを示す証拠があるか
 
SASAの概要
 
 SASAは『緩和ケア提供基準』に対応している(表1)。6領域に分けられ, それぞれ1〜5の基準で構成されている。さらに各基準には, 1〜10の項目・記述子が設定されている。総計99(説明文は100)項目である。この項目のほとんどは『緩和ケア提供基準』の判断基準に対応しているが, 一部には一つの判断基準が複数の項目に分かれていたり, 複数の判断基準が一つの項目に盛り込まれていたり, また対応する判断基準のない項目もある。
 項目ごとに5段階(ぬきんでている5点, かなり4点, まあまあ3点, いくらか2点, わずか1点)で評価する。該当しない場合は0点(NA)とし, 説明を添える。判定の際は基準のねらい, 達成度に留意するとともに, 緩和ケアの理念・原則 注)がどれだけ具体化されているかに注目する。
 SASAの実施に当たっては, まず監査対象を特定領域にするか, 全体にするかを決める。次に, 監査チームを編成し, 記録の点検, 業務視察など, 監査員の知識・経験に基づき分担して監査を実施する。項目によっては, 補足的アセスメントが必要となることもある。監査チームの合議により項目ごとの達成度を判定し, 点数を記入し, 備考欄に判定根拠を注記する。監査結果の記録に当たっては, まず各項目の得点を監査要約用紙に転記する。次に各基準の総得点, 平均得点を算出し記入する。そして, 各領域の総得点, 平均得点を算出し記入する。最後に各領域平均得点, 総合平均得点(総得点を項目数99で除する)を求め, できるだけグラフにする。監査データを考課して質向上計画を策定し, 実施する。定期的にSASAを実施して, 経時的な変化を確認する。
 
事業監査の意義
 
 事業監査は, 緩和ケア事業体の提供する臨床ケアの質を系統的かつ批判的に分析することにほかならない。これには患者のアセスメント, 治療, ケアの手技, 各種資源の有効利用, ケアと患者のQOLやアウトカムの関係などについての評価も含まれる。
 SASAは臨床主導であるが, それは緩和ケア分野における患者ケアの質とアウトカムの向上を求めているからである。臨床家が業務やその結果を『緩和ケア提供基準』に照らして評価し, 修正すべき点を修正するという, 構造化されたピアレビューになっている。
 事業監査は研究ではない。監査では一般的に合意された基準(『緩和ケア提供基準』)と実際の業務とを比較することを目的としており, 信頼性の高い有効な研究データとなるような直接的指標ではない。解釈に当たっては, できるだけ正しい推測をするよう注意する必要がある。また, SASAは本来個別の緩和ケア事業体の質向上を目指すものである。緩和ケア事業体の認証や機能評価の際の参考資料とすることも可能であるが, 外部に報告したり業務協約や契約締結の際の条件にしたりすべきものではない。他の緩和ケア事業体との比較や順位づけに利用することも目的にはしていない。臨床監査データを実務に適用するには, さらに厳密な評価による裏づけが必要である。事業監査データは, さらなる分析検討を必要とする領域を特定するのに役立つ。
 
臨床適用の可能性
 
 SASAに取り上げられている約100項目は緩和ケア提供の必要十分条件といってよい。わが国の緩和ケア事業体においても, ほぼこのまま適用できそうである。全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会の『緩和ケア病棟承認施設におけるホスピス・緩和ケアプログラムの基準』の改訂にも, また全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会基準検討委員会の協力下に日本医療機能評価機構が進めている緩和ケア評価モジュール開発にも, ヨークシャー・ピアレビューと共に参照されている。
 
謝辞
 
 SASAの翻訳・紹介については, PCA(前)会長Ellen Nightingale の快諾を得た。心から感謝する。
 

*1 The Practice of Self-assessment in SASA Trial in Australia: Its Outline and Clinical Application
*2 ピースハウス病院院長
「ターミナルケア」(Vol.13, No.2, 2003)に掲載
 
注)模範的緩和ケアは患者・家族のニードを中心にして, 5つの領域に分類された21の基準で構成される『緩和ケア提供基準』に則って行われる。これらの基準は, 患者, 家族, スタッフ, ボランティア, および地域社会のニードに焦点を合わせた基本理念・原則に裏打ちされ, 多職種チーム, ボランティア, 研究・評価, 教育という枠組みに支えられている。どのような場, たとえば家庭においても, ホスピス・緩和ケア病棟においても, また一般病院においても同じように行われる。緩和ケアの基本理念・原則:(1)患者家族の尊厳, (2)患者家族に対する同情ケア, (3)緩和ケア利用に関する機会均等, (4)患者, 家族, 介護者に対する敬意, (5)患者, 家族および地域社会の表明する願望の擁護, (6)最善のケア・支援, (7)患者, 家族および社会に対する責任
 
文献
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