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 本年度は研究・教育活動がこれまで通り順調に進行したと思われます。財団法人ライフ・プランニング・センター(以下LPC)も創立30年周年を間近に迎え, 財団としての活動の総括や将来へ向けての展望など, 理念や行動の目標がより鮮明になってきました。そのような意味で, この業績年報も現在進行中の研究がより皆様にご理解, ご支援いただけるよう迅速性を重視した編集にいたしました。
 LPCの活動範囲はきわめて広く, 健診, ドックを中心にした生活習慣病, ホスピスにおける終末期医療や緩和ケア, そして, 模擬患者, 電話相談技法など医療者への技術訓練を含めた研究, 教育活動も活発に行われ, 健康の維持・増進のための生活設計を目指す取り組みは従来通りでありますが, そのターゲットは青壮年から漸次老人へシフトしてきておりますし, ケアの場も施設から在宅へ, そして, 特に老人の終末期ケアの支援が今後の主要な研究テーマへ移行することは明らかであります。予防医学におけるケアでは『お世話』から『支援』することが重視され, 受診者がいかに意欲をもって自身の健康の維持増進に取り組むか, そして, それがいかに効果的によい結果をもたらすかを適切に評価することが求められます。
 そのような観点から, 総説においては健診やホスピス活動の世界的な傾向や将来性が論じられており, また, 老人の健康の包括的な評価法や脆弱化(frailty)の診断や予防の重要性が強調されています。臨床研究でも, 特に『新老人』の健康が身体的, そして, 心理・社会的な行動上の特性として研究され, 期待される新しい老人像が次第に明らかになってきています。特に身体的な評価に関しては, いわゆる標準値ではなく, 健康の維持・増進のための目標値としての意味をもつ基準を示すことが可能になりました。さらに, 終末期医療に関しても, 特に摂食の面からのサポートがより質の高いケアを目指して研究されていますし, また, 死後における家族の悲嘆に対するケアのあり方も論じられています。今日では, 医療の質を家族を含めた受診者の満足度で評価する傾向にあり, それに沿った医療行動の変容が医療に対する社会的需要であることは疑いありません。
 私たちはLPC設立の理念に沿って医療のあり方を模索し, 研究してきましたが, その方法論や方向性は以前にましてより明らかになってきており, そのような医療の実践の場としてLPCが与えられていることを心から感謝しております。30年かけてLPCが提唱し続けてきた生活習慣病が今日世間一般の常識となったように, 今後さらに新たな展開を目指して意欲を高めております。この研究業績年報を通じてそのような意図をお汲み取りいただければ幸いです。
 
2003年10月
 
研究教育顧問 道場信孝
総説
世界のホスピス運動の現況とアジア・太平洋地域における活動の展開*1
日野原重明*2
 
はじめに
 
 シンガポールにAsia Pacific Hospice Palliative Care Network(APHPCN)が財団法人としてシンガポール政府に公認されてその活動を始めたのは, 2001年3月1日であった。
 1973年, すなわち29年前に教育的医療サービスを目指した公益法人として日本で活動を始め, 私がその財団法人の理事長をしているライフ・プランニング・センターの重要な企画のひとつとして, 東アジア太平洋地区の7カ国の代表を1995年に東京に招いて第1回の国際ホスピスフォーラムを開いた。その後, 毎年開かれたが, これを母体として5年かかって築き上げられたのが, 今回シンガポールによって公認されたAPHPCNである。
 アジア太平洋地域の諸国において, 先駆けてホスピス・緩和ケア病棟, または在宅ケアによるホスピスケアを行っている国のいくつかが, リーダーシップをとり, ホスピス運動を有効に展開して, アジア・太平洋地域によりホスピスケアを行っている施設の数を増やし, かつその内容をより良くするために各国が協力し合おうという趣旨で, この運動が展開されたのである。
 このネットワークの活動については後に述べる。私はまず最初にイギリス, 次いでアメリカ, 欧州諸国, さらには世界の東西の国々の多くにおいて, 現在どのようにホスピス活動が続けられているかについて述べる。最後に, 日本について少し詳しく述べたいと思う。
 
近代的ホスピスの発足について
 
 中世の時代に, 欧州の寺院を巡礼する信者たちに提供された憩いの場がホスピスと呼ばれた。このホスピスの言葉が語源となり, 病院(ホスピタル), ホステル, ホスピタリティという言葉がつくられたようである。
 フランスにおいては, 1842年にすでにリヨンにおいて, 不治の病人をケアする施設として“J'Oeuvre des Dames du Calvaier”の名のもとにホスピスがつくられた。しかし, 最初の緩和ケア病棟がパリでつくられたのは1897年のことで, 12床のベッド数を持つものであった。
 また, イギリスではアイルランドのダブリン市にあるOur Lady's Hospice(聖母ホスピス)が1879年に開設されたが, これは英国全体では最も古い施設とされている。
 そのほかに, ロンドンにも古い末期がん患者の入所施設があったが, 1967年にはシシリー・ソンダース(Cicely Saunders)博士によってロンドン郊外に独立型ホスピスである聖クリストファーズ・ホスピス(St. Christopher's Hospice)がつくられた。そこでは, 疼痛コントロール(pain control), その他の具体的症状緩和だけでなく, 精神的にも霊的にも配慮したケアが行われた。ソンダース博士は, チーム医療による心をこめたケアを始めたのであった。これはまさしく, 近代的ホスピスのモデルとなったのである。
 ホスピスの起源を訪ねると, そこではがん末期患者のターミナルケアのみを行うこととは限られなかったようである。聖クリストファーズ・ホスピスに入所した患者の中には完治不能な難病, たとえば進行性の筋麻痺を持つ患者も, がん末期患者とともに最初から収容されていた。
 日本においてホスピス・緩和ケア病棟の対象は, 末期のがんまたはエイズの患者に限るという規定がある。その制約により, 目下のところ進行したがんやエイズを病むものにしか健康保険は適用されない。欧米では, あらゆる難病に適用されるゆとりがある。しかし, アジア諸国の間でも, ホスピス事業の将来を考える時, このことを今後どうすればよいかが討議されなければならないと思う。
 アメリカホスピス協会は, 1990年以来, ターミナルケアの対象を次のように定義している。それによると, がん以外の諸種の難病に罹患し, 身体的な苦しみだけでなく, 精神的, 霊的な面からの苦しみを持つ終末期の患者が, 残された1日1日を生きるために手厚い共感をもってケアすることすべてをホスピスケアと呼んでいる(表1)。家庭で末期を迎える人のために在宅でホームケアを行うサービスは, 訪問看護ホスピスケアと呼ばれている。
 施設入院において, どの国も数の上では末期がん患者を主としているが, エイズ患者もがん患者と同じ病棟にいるところもあり, また別病棟に入院させるところもある。またアメリカでは, エイズ患者に限って入所するエイズ・ホスピスや, エイズ患者のために外来やデイケア・サービスを提供する施設も, 数は少ないが存在している。しかし最近, 医学は進歩し, 薬物療法によりエイズ発病患者の症状は緩和され, 延命効果が得られるようになったので, 今後デイケア・サービスは増加する方向に進むのではないかと思う。
 ソンダース博士による最初の近代的ホスピスは, 1967年に末期患者を入院させることを主体として開所した。私が1999年9月に彼女を訪れて対談した際に, 彼女は次のように語った。在宅ホスピスケアは, 聖クリストファーズ・ホスピスの開院当初から将来ホスピスケアの主体となるように考えていた。そして, 在宅療養中の末期がん患者をナースが訪問し, さらに理学療法士やソーシャルワーカーやボランティアなどによるチームケアを行うプログラムを強力に進めたとのことである。現在, 聖クリストファーズ・ホスピスの活動としては, 45床の入所者のホスピスケアよりも, 在宅ホスピスケアに占める比重が高くなっているとのことであった。
 
表1 
アメリカにおいて1978年に決定されたアメリカホスピス協会(The National Hospice Organization)
 The National Hospice Organizationは, 2000年2月に“The National Hospice and Palliative Care Organization”と改めた。近年, 多くのホスピスケア・プログラムは, 従来のホスピスケアに緩和ケアを加えた。ホスピスと緩和ケアが同じ価値と哲学をもつケアのサービスの範囲にあることが認識されたためと思う。1990年にWHOによって規定されたように, 緩和ケアは, 身体的痛みだけでなく, 精神的, 社会的, 霊的な痛みに対処することを目的として, 患者やその家族に対して, 最大の可能性を果たすために努力するものである。緩和ケアは, ホスピスケアのプリンシプルを多くの人々にもたらして, その疾患や疾病のできるだけ初期の段階でよいケアを役立たせることができるようにするものである。
【ホスピスケア・プログラムの基準】
 ホスピスケアの改正されたプログラムの基準は, NHOの責任を反映したもので, 緩和ケアとターミナルケアの促進と, ホスピス・プログラムを一般の人々に広く知らせる義務を果たすためにある。これらの基準は, 患者とその家族に対するホスピスサービス・センターの意図する質の評価と促進のための手段も含むものである。
1. ケアを受けるには
 ホスピスは, すべての病気の終末期にいる人々とその家族のために終末期ケアを提供するものである。それは, 年齢, 性別, 国籍, 人類, 信仰, 性, 診断困難, プライマリケアの派遣状況, 支払い能力の如何によらず, このケアは受けられる。
2. 基準
 一定のコミュニティがそのアセスメントと立案には必要で, まだサービスを受けていない人々にも提供を確保することと, ホスピスサービスの遂行にある。
 ホスピス基準の最新版は, 1991〜1992のNHO基準委員会によって開発され, 1993年1月24日の理事会によって受け入れられた1986年版CAHOのホスピス基準マニュアルとホスピスケア・プログラムの1987年版のNHOの基準に基づいている。この記事はNHOから許可を得ている。
 
緩和ケア病棟でのケアの開始
 
 さて, 末期がん患者が入所している独立型施設内でのホスピスケアに準じたことが総合病院の一病棟で行われるようになった。患者に症状緩和に主体を置き, 精神的にも霊的にも患者の心を支える愛に満ちたケアを総合病院内でも行うことができれば, その病棟での運営は独立型ホスピスよりもさらに容易になされるという考えに立って行われたものである。これをカナダのオンタリオ州モトリオール市のロイヤル・ヴィクトリア病院にて開始したのは, 泌尿器外科医のBalfour Mount教授であった。そして, その病棟を緩和ケア病棟と名づけることにソンダース博士の合意が得られた。
 またこの病院では, がん末期患者がいろいろな科の病棟に分散しているままで, 緩和ケア病棟に移されるまで各科の担当の医師やナースによっても緩和ケアがある程度行えるようなプログラムがMount教授によってつくられた。また, 緩和ケア病棟の専門医やナースを各病棟に送って指導するコンサルテーション型のホスピス医療が, カナダで始められたのである。
 この方式は, アメリカにおいて非常に広がった。アメリカでは, 独立型ホスピスは経済的に運営が困難なために, このような専門チームの派遣によるケアシステムが発達したものと思われる(図1)。最近, 私が得た情報では, Mount教授が緩和ケア病棟を開設したのと同じ年に, Mantoba大学の総合病院でもこの方式が小規模に行われたとのことである。
 
独立型ホスピスの状況
 
 1980年, アメリカにおいて, 45床のベッドを持ち, エイズ末期患者をも収容する最初の独立型ホスピスであるコネティカット・ホスピスが, コネティカット州ニュー・ヘブン市郊外につくられた。このような独立型ホスピスがアメリカ合衆国内にもできたことをソンダース博士もたいへん喜ばれたという。
 アメリカ合衆国では, イギリスにみるような数多くの独立型ホスピスの建設はその後あまりつくられていない。ホスピスケアの専門チームを普通, 病棟に派遣するか, または在宅ケアサービスのプログラムで行う方がはるかに盛んになされたようである。
 イギリスには, 現在220カ所の独立型ホスピスがある。しかし, 次第に在宅ホスピスケア・サービスが多くなされる方向に進み, 新しい独立型のホスピス建設は少なくなったとのことである。
 なお, イギリスやカナダにおいて, 国民医療は政府の医療サービスとして患者には無償で行われている。ただし, イギリスでの独立型ホスピスの財政的援助は全経費の2分の1未満で, 他の経費は地域社会からの寄付や, ホスピスボランティアによるギフトショップなどの収入で運営されている。
 
図1 米国におけるホスピス・プログラムの数
現在, 米国で稼動している, または予定中のホスピス・プログラム:独立型ホスピス44%, 緩和ケア病棟33%, 訪問看護型ホスピスケア17%, ナーシング・ホームを主体4%。
 
ホスピス・緩和ケア病棟の状況
 
 図2は世界各国の独立型ホスピスや緩和ケア病棟(または訪問看護チーム)の発足年度の分布である。
 これによると, 近代的ホスピスとして英国で聖クリストファーズ・ホスピスが開設された後, 日本, アメリカ, カナダ, ニュージーランド, ロシア, ドイツ, イタリア, インド, フランス, スペイン, ハンガリー, 香港, スイス, フィリピン, デンマーク, ポルトガル, スロヴァキア, 韓国, マレーシア, 北欧や南アフリカなどが続いている。
 聖クリストファーズ・ホスピスの広報部での調査では, 2000年度における世界のホスピス・緩和ケア病棟の数は, 6,606カ所であるという。在宅ホスピスケアおよび病院内での訪問看護チームの数は, 明確に把握することが困難である。
 世界の国々のどこにホスピスまたは緩和ケア病棟が設置されているか, または開設準備中であるかの調査では, 所在が明らかになっている国々は89カ国に達する。これを国々の発展度別に分類すると表2のようになる。
 
表2 国の発達度別の施設数
分類 施設数(%)
発展途上国
先進国
局部的先進国
54(61%)
27(30%)
8(9%)
 
 
図2 世界のホスピス・緩和ケア病棟発足年比較
 

*1 The Present Activities of the Hospice Movement in the World and Our Mission of Various Institutions in the Asia Pacific Countries
*2 ライフ・プランニング・センター理事長, 聖路加国際病院理事長
『ターミナルケア』(Vol.12, No.4, Jul.2002)に掲載







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