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エンドポイントは何か
 評価にあたっては,結果(outcome)がどうであるかということが大事です。この結果を重視する考えは,POSの中にもっと強く導入されるべきです。すなわち,何をすれば患者にとって最もよい結果を生じるかということを重要視しなければなりません。EBMの立場からは個々のケースについて患者のデータの疑問点を洗い出し,確かなデータから問題を析出して解決していくべきなのです。POSでは,エンドポイントをどう設定するかが大切です(図7)。
 
図7 POSのエンドポイントを何と設定するか
 
 その場合の問題解決には,何よりも患者の安全性を確保することが必要です。そして,その安全性の中には,患者のQOLが考えられなければなりません。私たちがこれまでのやり方をそのまま踏襲して患者に与薬したり,手術を行ったりすることは避けなければなりません。ことに老人の場合には,普通の成人に行う医学的措置では不確定な症状が起こりやすいものです。その不確定な体の反応に対して,これは最新の薬剤だからというような理由で使用したりするといのちとりになることが決して少なくありません。今後のPOSは,プロブレム・オリエンテッドから,ペイシェント・オリエンテッドに移るべきです。それと同時に,またアウトカム・オリエンテッドでなければなりません。シェークスピアが『終わりよければすべてよし』という戯曲を書いていますが,私たちは,人生の途中でつらいことがあって,崩れることがあっても,人生の終わりをよいものにしなければなりません。レオナルド・ダ・ヴィンチもまた,「十分に終わりのことを考えよ。まず最初に終わりを考慮せよ」といっています。POSもまさにこれらの言葉のように,私たちはスタート時にはすでにエンドポイントを頭の中に描いていなければならないのです。
 
時間や経費の節約に意を用いる
 また「時・金・資源の浪費(Waisting time, money and resources)」ということにも配慮しなければなりません。目の前の患者の問題解決に無駄な時間とお金と資源とを使ってはいないかということを,POSの過程で反省されなければなりません。患者によき健康をもたらすように主治医(primary physician)として,あるいはプライマリナースとしての業務をいつもしっかり心に抱いていなくてはなりません。いま私たちがやっていることに無駄はないかということをいつもセルフ・チェックすべきです。
 患者にとってその時間が無駄であれば,それは医師あるいはナースがその人の寿命を短くしているということになります。無駄な時間でその人のいのちを費やさせ,無駄な手術行為をやるなどということは,いずれもその人の寿命を削っているということになります。その人にとって時というのは寿命でもあるということですから,無駄な空しい時がないようにしなければなりません。それと同時に,2000年度の国民医療費が30兆円を超えているいまの状況を考えれば,当然,無駄な経費と時間を使うことは避けなければなりません。“Explicit”という英語は,池や海に無造作に釣り竿を投げて魚を釣ろうとする行為をいいます。あてずっぽうに竿を出して魚が釣れるのを待つというのは,患者にあれもこれもと検査を無造作にオーダーすることに似ています。患者には健康保険があるのだからどんな検査をオーダーしてもいいだろうという考えは,国民医療費が破綻しかけている今日にあっては許されないことです。そういう意味からも,この病気の進行段階では何のテストが必要なのかをあらかじめ考えて選択するエンドポイントの視点が必要です。
 心筋梗塞の例を上げますと,梗塞発作がいつ頃から起こって,心筋がいつ頃壊死状態になり,それでCPKやGOTという心筋内の酵素が細胞外の血中に漏れているかどうかを推測した上で,いちばん適切な酵素反応を選び出すべきだということです。心筋梗塞発作後,かなり時間が経過しているのであれば,そのような反応を調べても役に立ちません。心筋梗塞の場合,いちばん早く現れる反応は白血球増多で,その頃はCPKやGOTはまだ上昇していないからです。また,心筋梗塞ではなく狭心症の場合には,白血球増加も酵素反応も陰性です。このように白血球をみただけでも,心電図の梗塞の像が出る前に,狭心症か心筋梗塞の鑑別がつくのです。これが両者のもっとも簡単な鑑別診断法です。
 組織の壊死が起こると,白血球は増し,CRP反応が陽性に出ます。
 アメリカでは,最近,心筋梗塞後の不整脈に抗不整脈剤を続けた患者が急死したケースをフォローアップした研究があります。抗不整脈薬で不整脈を止めた症例にかえって急死が起こった症例が多かったという結果が出て,循環器専門医はショックを受けたと聞いています。
 私は1999年12月末にボストンのベス・イスラエル・ディコネス・メディカルセンターの外来医療の実際を見学しました。心不全患者に抗不整脈剤のアミオダロンを内服させているうちに,甲状腺機能異常を疑う症状が出たので,この患者の主治医である開業医が内分泌専門医に立ち会い診断を頼みました。開業医はTSHのテストのデータを患者に持たせて,この患者を内分泌専門医に送ってきたのです。私は,なぜT4かT3を開業医がテストしないのかとその内分泌専門医に尋ねたところ,アメリカの現在のマネージド・ケア(MHMの保険会社に管理された医療)の下では,保険会社はプライマリ・ケア医にはTSHの検査しか認めていないからだということでした。しかし,内分泌専門医のところではT4やT3の検査は当然許されています。マネージド・ケアの管理下では,どの段階でどの検査が許されるのかがいちいち決められていて,診察した医師が勝手に複数のホルモンのテストは行えないのだということです。
 アメリカでは1983年頃から,医師の好きなように何でもテストをするということはできず,診療の段階ですでに制限が加えられています。マネージド・ケア下の医療では,問題解決に何が必須か,何を優先的にすることが許されているかを医師はよく考えて,診断のためのテストや,治療のために薬の処方を出すように強いられています。POSでの問題の解決法にも合理化の概念が必要です。







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