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データベースとは
 さて,患者の問題を解決するためのデータについてですが,信頼性のあるデータでなければ,それはデータベースとはなりえません。たとえば,データベースを提供する患者が小児の場合には,一般に母親が代理者になります。道で倒れた人の場合には,通りがかった人が情報を提供します。データ提供者がどのような人か,誰がデータを提供したのかによってその意味も変わってきます。ですから,情報を記載する際には,「誰が,いつ,どこで,何を,どのようにしたか」を明らかにした上で,その情報はどこからきたのかも付け加えなければなりません。本人か,家族か,友人か,救命救急士か,医師か。そして,そのデータを採用する場合には,その信頼性の根拠は何なのかを確かめることです。つまり,
1)検証のあるデータであること
2)信頼のおけるデータであること
 そして,そのデータはどこから取り出されたものなのか,データの精密度はどうなのか,データの読み方は信頼できるのかということはEBMの観点からPOSでも検討されなければなりません。ところが,これまでは検査室からきたデータはそのままそれをデ−タとして鵜呑みにして,それを評価することが少なかったために,問題解決の真価が発揮されてこなかったのではないでしょうか。
 どのようにしてそのデータが集められたのか,それを集めるのに使った方法が正しいものであったのか,直接その事実をチェックできない場合には,少なくともその源が辿れるものかどうかなどがチェックされなければなりません(図4)。
 
データベースをどのように評価するか
 問題解決のためには,それを立証できるような証拠がなければなりません。それがEBM(Evidence Based Medicine)です。ところが,最近はNarrative Based Medicine(NBM)というものも重視されるようになってきました。これは30年ほど前に,ドイツで心身医学(Psychosomatic Medicine)を専門とするバリント医師が,「患者が自分のストーリーを語っているそこにいちばん大切な根拠があるのだから,それを中心にして問題解決をしなければならない」と言い出したのです。
 一般に,これまでの医学はサイエンスに片寄っていたために,EBMを主張するようになったのですが,しかしケアには,EBMに裏付けられた科学的なデータにNBMのデータが加えられなければならないのです。そして,誰もが理解できることは,NBMの主役は,患者に接する時間の短い医師ではなくナースであるということです。患者の問題解決のためにナースの役割がますます重要になっていることを世界の医療の潮流からも深く認識しなければならないと思います。
 
EBMやNBMの新たな視点
 臨床上の問題解決をするときには,「私の経験によれば・・・」というのは,かなりの正当性があるにしても,外れることもなきにしもあらずです。病態生理ではこうだとか,解剖生理ではこのはずだ,教科書にはこう書かれているとか,あるいは専門医がこう言ったとかいうことは,必ずしも正しいことではないということを頭に入れておかなければなりません。何といってもいちばん役に立つのは,参考にできる原著論文ですが,はたしてそれが信頼性のあるものかどうかということはEBMの手法をもってすれば解明できるのです。しかし,これには訓練を要します。
 福井次矢京都大学教授は,「EBM時代のPOS」として,以下のように要約しています。
 「Evidence-based Medicineの考え方は,医療上のかなりのテーマについて質の高い証拠が集積されてきたことと,コンピュータ技術が進歩し,広く普及した1990年代に入って初めて可能となった。
 EBMの手順は,
(1)医療上の疑問点の拾い出し
(2)疑問点解決の拠り所となるデータ・文献(エビデンス)の検索
(3)入手した文献の結論が真実を反映しているかどうかの判断
(4)文献の結論を実際の患者に応用してよいかどうかの判断
の4段階からなる。
 この手順を踏むことは,いくつかの点で,医療者として無意識に身につけてきた価値観とは異なる価値観(パラダイムシフト)を受容する必要がある。
 第1に,一人自分だけの経験に基づいた臨床判断は,必ずしも多くの場面で適切なものとは限らず,世界中で集積された情報を把握した上で,眼前の患者の個別性を考えることを基本原則とすることである。その結果,医療に関わる情報は客観的かつ公開されるべきものとなる。これは,従来の医療者の自由裁量権を侵すようにとられることもある。
 第2は,疑問点解決の拠り所となるデータが,真実を反映している可能性の大きさにより順位づけされることを受け入れる必要がある。医療の不確実性への理解,したがって確率統計学や疫学の理解が必要となる」。
 
図5 POS: Problem Oriented System
 
 図5をご覧下さい。私はこの図を15年前からお見せしているのですが,先ごろこの図にEBM(Evidence-Based Medicine)とNBM(Narrative Based Medicine)を真ん中に付け加えました。いままでの知識と技術と経験とでものごとは正しく判断できるのではなく,どうしてもここにEBMとNBMのチェックポイントを入れていくことが必要なのです。信頼のおける文献を活用して,そのやり方で患者のマネージメントをしなくてはなりません。その場合,キュアできるのか,そうでなくケアに全力投球すべきなのかは,あらゆる方向から手堅くチェックしなければなりません。これまでの医療は,何らかの根拠によって診断し,その診断によって既存の治療の中から,いま使える方法を選んで,それを実行してきました。しかし,私たちの対象は病む人なのですから,マネージメントの中にはその人のQOLをどう考え,どのような成果(outcome)をねらうべきかについて十分配慮してきたかという点では反省しなければなりません。
 
図6 EBM,NBMとPOSのドッキング
 
 EBMやNBMでは,いま何をしたら患者の最終的な健康状態がよくなるか(outcome),ベストは何かという結果(outcome)を重視する立場からそれを選んで実行するということです。
 POSでも医師やナースが行った実践の足跡をチェックする客観的な評価がなされて,そこではじめて,問題解決が終わるのです。この評価(Audit)がなければ,それはEBMやNBMに支えられたPOSとはいえません(図6)。







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