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POSと看護過程
 なぜ日本ではPOSが実質的な普及をみてこなかったのでしょうか。それは,アセスメントの記載が敬遠されているためではないでしょうか。Assessment(アセスメント)というのは,S(主観的な患者の訴え)とO(他覚的な所見)から,自分はどのような評価をするかということです。私は,アセスメントが十分にできるほどナースがレベルアップすれば,何も看護診断やフォーカス・チャーティングに流れることはなかったのではないかと思います。ナースにはこれまで患者の看護上の記載を経時的に記録しなければならないというような習慣があったために,アセスメントに重点をおいてSOAPにまとめて書くことがむずかしかったことから,はかばかしいPOSの普及がみられなかったのではないかと思います。POSを看護に適用するには表2の基本概念を理解する必要があります。
 図2-Aは,1967年にH.ユラとM.ウオルシュによって考えられた4段階の看護過程です。
 
図2 看護過程とその変遷
 
 図2-Bは,ロイ(C.Roy)とマンディンガー(M.Mundinger)が1975年に発表したものです。データの収集,看護診断,看護行為の計画,実施,評価というように整理されていますが,その中にウィードのPOMRを入れますと(図2-C),データを集め,それを評価して問題リストを作り,問題解決のための計画を立てて,それを実行して監査するという一連の作業と,看護側のロイやマンディンガーの見取り図の考えはまったく等しいといえるのです。ユラやウオルシュの使ったアセスメントという言葉には,データの収集がはっきりと明示されていないのでウィードの方式とは違っているように見えるのですが,ロイのほうは,ナースが現場で患者の問題を解決しやすいように,小回りがきく図式で表すようになったのではないかと思います。
 
図3 看護過程(看護実践)の中のフォーカス・チャーティング
 
 POS方式では,まずデータが集められ,監査にいたるまでのプロセスは,情報の集収と問題リストの作成(分析),解決のための計画,計画の実行,監査(経過)といきますが,これは看護過程と同じであって,両者にあまり差はないようにも思えます。
 では次に,アメリカで流行してきた看護過程(看護実践)の中のフォーカス・チャーティングの出現と,ウィードのPOMR,そしてEBMの登場,そしてそのアメリカのシステムがどれくらいの年を経て日本に導入されてきたか,その間にかなりの時差のあったことを先出の表1でもう一度確認してみましょう。
 1981年にはアメリカでランピー(Lampe)により発表されたフォーカス・チャーティングは図3のように定義され発表されました。これはデータ(Data)を分析して(フォーカスを当てて),必要な行動計画を書き出して実行するアクション(Action)により,結果はどうか(Response)をみるというD・A・Rを簡明にチャートにナースが記入する形式のことです。
 ランピーはフォーカス・チャーティングを次のように説明しています。「D(データ)とは,(1)患者の行動,(2)ナースが観察した患者の状態であり,A(アクション)とは,(3)看護行為の計画と,(4)実際の看護行為である」。これはまさにPOSのアセスメントと立案と実行に当たるといえるでしょう。
 
プロブレム・ソルビングのための基本的な問題
 日本の外来診療では,患者は問題を持って診察を受けにきます。そして,帰る時は表情が変わっています。患者が持ってきた問題は何も解決されないで,病名のお土産と薬のお土産を持って帰っていきます。これが日本の診療パターンです。3分診療といわれる日本の医療では,患者の荷を降ろしてあげるのでもなく,一緒に荷物を支えてあげるのでもありません。患者のどこがどう悪いのか,その原因を解いていくプロセスが問題解決技法です。患者の問題というのは,その人の健康に関する問題すべてであって,病気に限った問題だけではありません。病気にかかった人は,病気が癒されるのに解決されなければならない事柄,すなわち解決への援助となるべき事柄を「問題」と呼びます。それはどこまでも生活する個人の問題,また病いと闘いつつあるその人の問題であります。問題を背負っている病人に,医師やナースは予防,診断,治療,およびケアの上で患者の援助を行うという使命をもっています。したがって,まずそれらの問題を析出して明らかにし,そして問題解決技法により問題を解決します。これを有効に行うには,問題をできるだけ明白に浮き出させ,その上で解決のために種々の道具を利用することが必要です。道具というのは,私たちの目や耳などの感覚器,患者に触る手,私たちの頭脳,そして検査データなどであって,それらのすべてを活用して問題解決を図るのです(表3)。
 
表3 問題解決法
 
 一つの例を提示してみましょう。
 慢性アルコール中毒の患者です。アルコールの飲み過ぎにより二次的な肝硬変が生じ,上部消化管から出血しています。これは食道粘膜下の静脈瘤だということがわかります。「肝硬変→静脈瘤からの出血,良性の前立腺肥大,高血糖,両肺の浸潤」,それ以外にソーシャルプロブレムとして,「失業状態,離婚」とあります。これが解決しなければ慢性のアルコール中毒は解決しないのです。いくら内視鏡で出血を止めても根本的な解決にはなりません。この人には「失業状態,離婚」が基本的な問題であるということをケアする人の誰もが心得ていなければならないのです。
 
 
 もう一つの例です。
 リウマチ性の心臓病で,心不全を繰り返し,過去に4回入院しました。ジギタリス中毒にもなり,うつ病のようにもなりました。難聴もありました。この方は以前にうつ病で入院したこともありました。陳旧性の結核もあります。効果の期待される強心利尿薬を投与しても治らないので,この方の生活プロフィールを調べたら,エレベーターのない5階のアパートに住み,子どもが3人いて,一日に何度も食料の買い出しや,子どもを銭湯に連れていくために階段を上り下りしていたのです。それにアルコール中毒の夫がいるということがわかりました。この人は,ソーシャルワーカーの世話で1階に住まいを代えてから,入院しなくなりました。入院を繰り返したり,薬の中毒になったりする原因はこのような生活だったからなのですが,それを知らない医師は心不全をただ薬物療法で解決することしか考えていなかったのです。
 このような患者の生活像(profile)や患者の問題がすべて一覧表に書かれたものをチーム医療に携わるすべての職種の人がいつも見ながら,各自が専門的な技量で患者のケアを充実させていくべきなのです。







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