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<寄稿>
シリア観光の現状と将来(第2部)
佐竹 真一
シリアのツーリズムの課題(続き)
 シリアには、自らを「文明の揺りかご」と呼ぶに相応しい考古学的・歴史的な分野を中心に多種・多様な観光資源があります。3ヶ月の任期のうち18日間を費やして、主要な13の都市を回り、14人の地方観光局長全員と現地で会見しつつ、各々の周辺に広がる観光資源の視察を行いました。走行距離が5000kmを越えた全行程にシリアガイド協会の副会長が同行してくれました。
 ところが、私自身の知識が増え、理解が深まってゆくにつれて、シリア人自身のこれらの貴重な「財産」に関する知識も認識も、希薄であることが明らかになってきました。中でも深刻なのは、観光政策の立案と実施の中核であるべき観光省の職員たち自身に、観光資源に関する総合的で体系だった知識が欠けており、緊急に集中的に基礎的な知識から習得する必要があったことでした。
 残された任期の休日の金曜日を3回潰して、考古学博物館、オールドダマスカス、南部のボスラ地方での「自主」研修を実施しました。この自主研修をきっかけとして、今年度は、もっと大規模で体系的な研修計画が立案されますが、成果が出始めるまでにはまだまだ時間が必要です。また、現場や最前線が軽視される点では、エジプトも同様でしたが、本省の職員たちが、地方の観光局を訪問することも殆んどなく、或る局に我々が訪れた時には「10年振りだ!」と驚かれたこともあったくらいでした。
 観光振興には幅広い連携と協力を必要とするにも拘らず、観光開発に関連の深い文化省や環境省といった省庁との連携も始まったばかりで、観光省が主導権を握るには程遠く、漠然とした夢や計画はあっても、自国の魅力について目的を共有する姿勢や知識や情報すら足りない状態でした。
 組織開発が大きな課題です。在任中に出会ったシリア人には、知性が高く有能な人材が少なくありませんでしたが、エジプトと同様に、チームやパートナーを組み組織の一員として仕事をする経験やノウハウの充分備わった人材はいませんでした。この点も、主要なアドバイスの一つとなりました。
 
シリアの観光資源
 シリアの考古学的・歴史的な観光資源は、農業の起源にまで遡る古さから、大西洋に至る広大なイスラーム帝国の成立に及ぶ広さまで、実に多様なものがあり、国土の東部を南東のイラクに向かって流れるユーフラテス川沿いに残るメソポタミア文明、アレキサンダー大王の征服、ローマ帝国の支配、キリスト教の成立、オスマントルコの征服、などなど、列挙に暇がありません。まだ3000箇所以上もの考古学的な遺跡が発見され発掘を待っていると言われ、「シリアの考古学者に今後300年間は失業がない」と言うジョークがあるくらいです。
 その中から代表的な3箇所をご紹介します。
 
Palmyra
 まず、シリアの国土のほぼ中心にあるPalmyraは、シルクロードに栄えた古代都市として日本のツーリズム市場でもよく知られた観光スポットでしょう。中心部にある4つの塔は、東西南北に向かい、世界の道に伸びることを表現しているかのようです。このオアシスに始まった都市の繁栄を背景に、ローマ帝国に刃向かって処刑された女王ゼノビア(Zenobia)の物語はシリア人にその強さと美しさが広く愛され、彼女の肖像は、シリアの紙幣のデザインに取り入れられています。
 ここには3度訪れることになりましたが、冬の雨の多いオフシーズンであるにも拘らず、少なからぬツーリストの姿があり、日本人も必ず居たことに勇気付けられたことでした。
 
Palmyra
 
ダマスカス
 2番目に、1979年にシリアで最初に世界遺産に登録されたダマスカスは、シリア観光のゲートウェイとしても戦略的な地位を占めており、ここ数年の間に急速に整備が進められてきています。多くの観光スポットに恵まれていますが、オールドダマスカスにあるウマイヤッド・モスクは、その美しさと、アッシリア人の聖地に建てられて以来の歴史的な魅力や、イスラーム教の聖地の一つであることから、中近東のみならず西欧からも多くの観光客を惹きつけています。
 
ウマイヤッド・モスク
 
エブラ
 3番目に、1964年から開始され現在も続けられているイタリアのチームの発掘によって発見された17,000枚を超える楔形文字の刻まれた粘土板の解読が進むにつれて、アレッポの南約50kmにあるエブラ(Ebla)が、紀元前2250年にアッカドによって決定的な打撃を受けるまでの長い間、レバノン・シリア・トルコにまたがる豊かな森林地帯を制する王国の首都であり、高度な経済・社会システムのあったことが詳しく解明されつつあり、この時代の東西交流史の空白を埋める考古学上の大きな業績となっています。2002年から、本格的な整備が始まり、観光スポットとして将来が有望視されており、次の課題は主要道路からのアクセスの整備です。
 
Ebla
 
 シリアには、ギザのピラミッドのような強烈なインパクトを持つ突出した観光資源はありませんが、こうした個性的な資源を様々に組み合わせながら将来を切り開いてゆくことになるでしょう。
 
シリアの自然
 日本では砂漠のイメージが強いのですが、自然にも多様性があります。国土の半分以上は、ステップ草原で覆われ、冬に十分な雨が降ると春には緑の草原が現れます。西の地中海性気候から、南のヨルダンとの国境に広がるシリア砂漠、東のユーフラテス川沿いに古代から広がる農耕地帯、レバノンとの国境には雪を被る山岳地帯が広がっています。
 前大統領の時代に、全国に30余りのダムを建設するなど、大規模に進めた灌漑施設の拡充によって耕作面積が拡大し、食料の自給率は100%を維持し、耕作可能面積も現在の耕作面積の20%に相当するとのことです。
 
シリアの地形
 
 こうした自然は、周辺の国々の人々にとっても、エジプトと同様にアラビヤ語が通じることと相俟って、大きな魅力であり、夏には湾岸諸国からも多くの避暑客が滞在し、その数は増え続けています。
 
Syrian Hospitality
 任務を終えて、最も強い印象が残っているのはSyrian Hospitalityです。5000kmの視察旅行中に様々な機会に出会った「普通の人々」を初め、シリア人たちから受けた暖かいおもてなしは、言葉で表現するのは大変難しいのが残念ですが、一度この国を訪れた人々が、再び訪れてみたくなる多く理由のうち最大のものであろうと思います。この国の観光関連産業にとって最も大切な基盤といえます。また、国内の治安が全般的に高いレベルに保たれているのにも、深い関連があるのではないかと思われます。
 テントに招き入れ、お茶はおろか昼飯まで心配してくれたベドウィンの女性、家族全員で出迎え、庭のオレンジを袋一杯に詰めてくれたキリスト教徒の男性、など様々な笑顔が次々と浮かんできます。
 このシリア人の魅力が、その素朴さや奥深さそのままに、ツーリストにうまく伝えられ、マーケティングに生かされ、世代を超えて引き継がれてゆくことを願ってやみません。また、シリア人自身が、世界の人々に最も理解されたいと願っているのもこうした人々の自然な姿や心なのだろうと思います。
 
シリアの交通
 現地視察には、全行程に観光省の車が用意されましたが、南北を走る対向3車線の自動車道を初め、東西に地中海とイラク国境を結ぶルート、ユーフラテス川沿いのルートを基幹として、全国的な道路網の整備は予想を大きく超える水準にありました。
 シリア航空は、一年前に就任した新しい社長の下で、6機のAirbus320の導入を決定したり、情報技術者を確保する施策を講じたりと大幅な改革の途上にあります。ダマスカス空港ビルは、この2年間に改装が進み、新しい情報システムも展開され、欧米並みのサービスに近づいています。
 
シリアのツーリズムの未来
 東にイラク西にイスラエルに挟まれたシリアのツーリズムの将来にとって、平和ほど重要な「資源」はない、と痛感します。平和が続きさえすれば、2002年の500万人余の来訪者数を、3倍以上に引き上げて1600万人の人口に匹敵するレベルに引き上げる日は、それほど遠くはないと思われます。
 平和の為のシリア人自身の努力と忍耐と賢明な選択が続けられることを前提として、より多くの関係者が、多様でユニークな自国の観光資源の世界的な価値に目覚め、夫々の組織の効率を大きく向上させ、幅広い関連分野との協力関係の構築に実績を積み上げてゆけば、シリアのツーリズムの未来は、大きく開かれてゆくと信じます。
(第2部終了、完)
 

※日本航空(株)人事部研究開発室主任研究員
※2002.12〜2003.3シリア派遣JICA観光専門家







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