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11. 幼児用救命胴衣の評価方法について
 ISO/TC188/WG14において現在作業中であるISO 12402 Personal flotation devices(個人用浮遊具)のパート9(試験方法)に幼児ダミーを用いた場合の水中性能試験方法案が記載されている。今回のダミーを用いた試験はこの方法を参考に実施したが、被験者による水中性能試験の結果とほぼ同様の傾向が得られており、性能評価方法として適当であると考えられる。
 現在の小型船舶用救命胴衣の型式承認試験基準に従い、ISO案を参考に作成した幼児ダミーを用いる場合の救命胴衣性能評価方法(案)を表23に示す。
 ISO案と異なる部分は、小型船舶を対象とした救命胴衣のため、飛び込み試験の高さを1mまでとし、3mからの試験を削除したことである。
 
12. 考察
12.1 性能評価用幼児ダミーについて
 本調査研究と同様の目的でEC諸国は1歳6ヶ月及び3歳に相当するBAMBIマネキン(8)を開発し、ISO案への取り入れが検討されているが、それらはヨーロッパ人幼児の体格に合わせたもので、必ずしも日本人の体型と一致しているとはいえない。
 本調査研究は、日本人の人体計測値をもとに被験者に近似する独自のマネキンを開発し、我が国独自の調査及び人体計測を行うことにより、日本人、広くアジア人の幼児を対象とした性能評価を目指したものである。
 寸法・形状及び関節可動域等を人体と同様のものにすると共に、全身の重心高さや水中に浮かべた時の浮力バランス等を適正な範囲に設計することにより、本調査結果に示されたように人体とほぼ同様の浮遊姿勢が得られ、また、復正性能を判定することが可能になったと考える。
 今後、ISOやIMO等を通じて、人種による体格の差等の問題を含めて国際的に統一された幼児ダミーや評価方法が可能かどうか検討していくことが必要であろう。
 
12.2 幼児用救命胴衣の性能要件について
 今回試作した幼児用救命胴衣は、小型船舶用に限定したものであるため、現行基準に従い、復正性能を持つと共に、口が水面上に出ることを主な要件としたが、幼児が着用してより安心して浮遊できることを考慮すると、今後さらに検討の必要があると思われる要件があげられる。例えば、耳が常に水面上に位置することや、顔面を水平よりあげる(顔面を水平にすると舌がのどに落ちて呼吸困難になる可能性があるとの指摘(8)がある)こと、また、股紐に代わる構造(スカートを着衣した女子の場合、股紐の装着を好まない)等について、今後検討する必要があろう。
 
表23 幼児ダミーを用いる場合の性能評価方法(案)
試験項目 試験方法 判定基準 備考
1. 飛込み試験  水着の上に救命胴衣を着用させた幼児ダミーを足から先に1mの高さから水面に落下させる。この場合、胴体部をやや前方に曲げた姿勢で吊り上げた後、落下させる。[落下後、ダミーの口が水上に出るまでの時間を測定し、]その後、水面からの口元高さを測定する。この試験を3回繰り返し行う。

 [水着の上に救命胴衣を着用させたダミーを水面からの高さが500mmであるプールの縁に座らせ、ダミーの肩部を押すことにより前方から水中に落下させる。落下後、ダミーの口が水上にでるまでの時間を測定し、その後、水面からの口元高さを測定する。この試験を3回繰り返し行う。]
(1)救命胴衣がダミーから脱落しないこと。

(2)ダミーの顔面を水面上に出した状態で浮遊すること。

[(3)落下後、5秒以内に口が水面上に出ること。]
[ ]内の内容は、ISO 12402案で検討されている内容に相当する。(本評価方法に採用しない)
2. 浮遊試験  飛び込み試験終了後、垂直からの胴体角度[及び水平からの顔面角度]を測定する。  顔面を水上に支持し、垂直より後傾の姿勢で浮遊すること。 同上
3. 復正試験  水着の上に救命胴衣を着用させた幼児ダミーを水面に浮遊させ、手足を胴体と一直線状にした後、ダミーの肩を持って顔面が下向きの姿勢に回転させる。後方から軽く押し出すようにして手を離す。この試験を3回繰り返し行う。  5秒以内に口が水面上にでること。  
注:
試験に使用する幼児ダミーは、着用者の体格が指定された場合は、それに相当する大きさのダミーを用いる。それ以外の場合は、1歳、2歳及び3歳幼児に相当する各ダミーを用いて上記各試験を実施する。
 
13. あとがき
 
 初年度は、国内における幼児の人体計測値の文献調査に加え、実際の幼児被験者の身体各部位の寸法、体積、人体の重心等を計測し、幼児用原型ダミーの仕様を決め、3歳用の幼児ダミーを設計・試作した。幼児被験者による性能試験においては、3歳の標準に近い女子幼児4名及び男子幼児2名を選び、それぞれに、性能の異なる4種類の幼児用救命胴衣を着用させ、飛び込み試験、復正試験及び浮遊姿勢の測定を行った。試作した幼児用ダミーにたいしては、被験者の試験に使用したものと同じ救命胴衣を着用させ、ダミー頚部等の関節が固定とフリーの両状態で、ISOの幼児ダミーによる救命胴衣の性能試験方法に準じて試験を実施した。その結果、ダミーと被験者による両試験結果の一致の程度等、問題点を評価、検討するとともに、ダミーの仕様、構造の改良策について検討した。
 
 2年度目は、初年度の成果を踏まえ、1歳および2歳用の幼児ダミーを設計・試作し、ダミー関節部の構造や水着着用による影響も含め、3種のダミーと被験者による性能試験を実施し、ダミーによる試験の有効性を総合的に検証するとともに、幼児用救命胴衣の性能評価方法案を作成した。
 
 得られた成果の概要を示すと、つぎのとおりである。
 
1)ダミーの仕様・構造
 ダミーによる水中での動き、安定浮遊姿勢の状態を被験者の場合に近似させるには、ダミー各部位の寸法、形状、体積、質量、全体重心、及び頚・関節部等可動部の動きをできるだけ人体に類似させる必要がある。ただし、被験者の各部位毎の質量、関節部の動き、恐怖心による意図的な動作については不確定要素が多いため、ダミーと被験者を、胴衣非着用時および各種胴衣着用時のそれぞれにつき試験し、ダミーの安定浮遊姿勢、復元性等の試験データが被験者の値と近似するよう、各部位の質量バランス、関節部の可動範囲と復元性に留意した。
 特に、ダミーの頚部関節の固定状態により、試験結果に差異が生じた。関節を固定しない状態でのダミーによる試験は、被験者が無意識状態に近いと考えられる。意識がある場合、顔面がすこしでも水面に触れると、頭部を曲げ、より安全な浮遊状態になろうとする。小型船舶用救命胴衣の場合、被験者が必ずしも無意識であることを想定していないことから、ダミー頚部等は傾いた状態よりスプリング等により復元する構造とした。
 なお、胴衣のずれや装着感を被験者の場合に合わせるため、胴衣の下に水着を着用させた。ただし、ダミー手足関節部の突出は、水着により手足の動きを拘束し、ダミー姿勢に影響するため、その構造に留意した。
2)ダミーによる性能試験の有効性
 幼児被験者の場合、安全上の問題、リラックス状態での再現性のある性能評価ができない等の理由で、ダミーによる試験が必要であることは前述のとおりである。
 俯き状態にさせた被験者は、意図的・反射的に反転し、呼吸可能な仰向き状態になろうとする場合が多く、胴衣の復元性の正確な評価はできない。また、ダミーに浮き輪型の救命胴衣を着用させた場合、足が水面上に、頭が水中の倒置状態でも安定し、危険であることが確認された。幼児被験者では、このような試験を実施し、復正機能を確認することは困難である。
 ダミーを、1)により製作し、各種の性能の異なる救命胴衣により浮遊姿勢、復正性能等の試験を実施し、標準体位に近い被験者の場合と比較した結果、両者はほぼ同様の値・傾向を示し、ダミーによる試験は有効であることが確認された。
 
3)ダミーによる水中性能評価方法(案)
 ダミーによる試験は、ISO 12402個人用浮遊具のパート9の幼児用ダミーを用いた場合の水中性能試験方法をもとにして実施した。その結果、被験者による水中性能試験の結果とほぼ同様の値・傾向が得られ、さらに、幼児被験者では困難な飛び込み試験等をダミーで実施することにより、救命胴衣の性能がより詳細に評価できることが分かったので、現在の小型船舶用救命胴衣の型式承認試験基準に従い、ISO案を参考に幼児ダミーを用いる場合の救命胴衣性能評価方法(案)を作成した。
 
4)今後の課題等
 今回試作した幼児用救命胴衣は、ダミーの評価を行うために性能の異なるものを何種類か製作したが、今後、違和感なく、容易に着用でき、水上でも快適に使用・浮遊できる胴衣の開発が望まれる。
 また、日本人、アジア人の幼児を対象とした胴衣の性能評価を目的とし、わが国独自の幼児ダミーを開発し、その有効性を実証した。
 本調査研究と同様の目的でEC諸国は幼児用のBAMBIダミーを開発している。今後、ISOやIMO等を通じて、人種による体格の差等の問題を含めて国際的に統一された幼児ダミーによる胴衣性能評価方法の検討が必要になるものと考えられる。
 
 本事業の実施により、幼児被験者を使うことなく、ダミーにて、幼児用救命胴衣の性能を安全かつ適正に評価できるようになり、小型船舶用幼児用救命胴衣の普及が可能になった。
 また、同時に、IMO、ISO等、国際的要件に対応可能な幼児用救命胴衣の性能評価試験方法、胴衣の開発に必要な基礎資料が得られた。
 
 最後に、本事業を実施するに当たり、種々のご支援を戴いた国土交通省及び日本財団にお礼を申し上げるとともに、本調査研究に参加いただいた委員の皆様にお礼を申し上げます。
 
委員長 長田 修
 
添付図1 人体測定部位概要図
 
 
添付図2 1歳幼児ダミー概要
 
 
添付図3 2歳幼児ダミー概要
 
 
添付図4 3歳幼児ダミー概要
 
 
添付図5 幼児用救命胴衣の一例(試験品D)







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