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大祓神事
 
 K-1のために少し遅れたが、神事は予定通り始められた。(これくらいの遅れは、このまちではジャストタイムの範囲内)
 神事は修祓(おはらい)の後、大祓の祝詞(これは大変長いもの)が二度繰り返され、玉串奉奠(たまぐしほうてん)が行われ、いよいよ齋火(いみび)を戴く行事となった。これは、宮司が神前に進み、神様より神聖な火を戴く儀式である。
 私は、今行われている行事が、悠久の先祖の時代からずっと受け継がれてきていることの不思議さを思った。我々の先祖は、食物に神秘を感じ、食べた食物が生命そのものになると信じていた。
 古事記には、イザナギノ命が、亡くなったイザナミノ命を忘れられず、黄泉国(よみのくに)(あの世)に連れ戻しに行ったとき、イザナミは「悔しきかな、速く(とく)来まさずて、吾は黄泉戸喫(よもつへぐい)しつ。」(もっと早く来て下さればよかったのに。私はもう黄泉国の食べ物を食べてしまったので、そちらの国には戻れません)と答えたとある。
 神道では、神様へのお供えのおかざりを戴くことを直会(なおらい)と言い、神様と人の結合、神様の力を戴く大切な行事となっている。
 私は、「大祓うどん」と呼ばれる理由が初めて理解できた。これは、神様が召し上がるものを、神聖な火によって調理して頂くのであるから、直会そのもの、神様の生命が流れ込み、新しい力が湧いてくるはずである。
 
齋火(いみび)
 
 それにしても宮司が出て来るのが遅い。本殿の中からは、御簾(みす)越しに、カチカチと火打石を打つ音が聞こえ、紅い火花が散るのが見えるが、火の粉が真綿に燃え移らないようである。初めのうちは、「さあ、今年は何分かかるでしょうか」などと冗談を言っていた人達も、三〇分を過ぎると流石に不安そうになってきた。(ちなみに前年は十分で点火)
 
■齋火を授ける宮司(上)
■神事に参列する氏子青年会「今年は何分かかるでしょうか」(下)
 
 それから間もなく、汗だくになった宮司が本殿から出て来られた。一様に安堵の空気が流れたが、よく見ると齋火を載せた三宝(さんぽう)を持っていない。火打石が割れたので、取り替えるとのこと、宮司は、社務所に戻り、新しい火打石を持って再び本殿の中へ入って行かれた。
 十一時からうどんを出すことになっているので、遅くとも十時にはかまどに火を入れ、大鍋に湯を沸かし始めなければならない。皆の不安は焦りに変わり、軽口をたたく者はいなくなった。
 
■大かまどに点火
 
■御神酒で清めるベテラン会員
 
 新しい火打石と格闘されること十数分、遂に真綿に点火、齋火としてすぐに代表に手渡された。
 それからは皆、手際がよい。この齋火によって大かまどに点火するとともに、神前に供えられたうどん、薬味類がおろされ、所定の場所に並べられた。
 
 薪を燃やす火は人の心まで暖めてくれる。私は夢中になって火を焚いた。三〇分程すると大鍋の湯も沸騰し、十一時前には試食品ができ上がった。これが結構おいしい。
 十一時四十五分、紅白歌合戦の終了と共に参拝者が増え始め、またたく間に境内、参道には善男善女で溢れてきた。暫くすると、境内の電灯はすべて消され真暗になった。
 数分後、再点灯とともに勇壮な太鼓が鳴り響いた。平成十六年の始まりである。集まった人達は、口々に「おめでとうございます」と挨拶、新年を祝いあった。
 
■準備完了「大祓うどんはいかがですか」
 
■試作するメンバー
 
■試食する筆者
 
■余裕が出てきた筆者
 
 これからの二時間は、我が氏子青年会が八面六臂の活躍、一時四十分、遂に一、五〇〇食のうどん、そばはすべて参拝者のお腹の中に入った。これを食べた人は間違いなく前の年の罪穢を洗い清め、清浄な心身となって新年を迎えたことであろう。
 
■参道に溢れる参拝者
 
 二時に会長より終了宣言があり、道具類の後片付けを済ませると四時少し前であった。楽しみにしていた紅白歌合戦もK-1も見ることはできなかったが、私は、何とも云えぬ心地よい疲労感と温かい気分に包まれて家路についた。
 
■氏子青年会(気分は皆青年です)(上)
■大祓うどんに舌鼓を打つ参拝者(下)







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