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私はこう考える【自衛隊について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2004年6月号 中央公論
6・30主権移譲で迫られる自衛隊イラク派遣の「踏み絵」
森本 敏(もりもと さとし)
(拓殖大学国際開発学部教授)
バグダッド陥落以後
 イラクの現状を、一年前のバグダッド陥落時点まで遡って評価してみる。おそらくフセインはかなり早い段階から、現在も占領軍を悩ます反米都市ゲリラ作戦を実行しようと考えていたのではないか。四〇万の軍事力があったにもかかわらず、バグダッド陥落を覚悟していた。つまり、正規戦では米英軍に勝てない。戦争に勝つ方法とは、バグダッド陥落までの間、イラク軍の損害を最小限に食い止め、戦争指導をしないということだった。実際、真剣に戦ったのは二個師団くらいで、拘束された兵員は九〇〇〇人程度にとどまった。それ以後は、国外からイスラム過激派勢力を招き入れ、バース党員、旧軍人、スンニ派の過激派などを再編し、外国人勢力一掃のオペレーションを開始しようとした。それが本格化したのは、昨年八月、国連のデメロ特別代表が殺された前後のことである。それまでの四ヵ月、彼らが鳴りを潜めていたのは、組織作りに時間がかかったからであろう。
 昨年秋以降、イラク国内は、フセインの思惑通り、バグダッド陥落前とは明らかに異なる非正規戦の様相を呈し、米英軍は目に見えない敵との戦いを余儀なくされた。おそらくアメリカは、この変化に気づくのが遅れたのだろう。十月以降、本格的な掃討作戦に入るまでの間は、イラク国内で戦力をほとんど行使してこなかった。
 昨年十一月、アメリカはイラクヘの主権移譲に向けたロードマップを策定し、現在その計画通りに事態を進めようとしている。今年六月末には、CPA(暫定占領当局)を解体し、イラク人による新政権が発足する。それまでにアメリカは過激派勢力の戦力レベルをできる限り抑制し、治安を回復しようとしている。というのも、イラク人に主権を移譲した後、イラク国内が内戦に陥るようなことになれば、アメリカのプレゼンスさえ保てなくなるからである。主権国家の中で外国人部隊が軍事作戦を実施することは、国際法上困難だ。また、暫定政権とアメリカの間で、軍事行動を容認する合意ができるとも思えない。したがって、主権移譲後の米軍の活動は非常に制約されたものとなるに違いない。
アメリカに残された時間
 ところが、これまでのところアメリカによる過激派の掃討作戦が成功しているとは言い難い。現在、二ヵ所を主戦場として米軍は厳しい戦いを強いられている。一つは、ファルージャに象徴されるスンニ派勢力とバース党員、アル・カーイダのメンバーとの戦闘であり、もう一つは南部におけるサドル師を中心とするシーア派の過激派勢力との戦闘である。
 今年二月以降、過激派勢力に多くのイラクの一般国民や旧軍人が民兵として加わり、反米都市ゲリラの裾野が広がっていった。理由として二つのことが考えられる。一つは、アメリカによる掃討作戦がイラク人のプライドを著しく傷つけ、一般の人まで巻き込むものだったため、対米憎悪をかき立てたということ。もう一つは、シーア派やスンニ派の過激派勢力が、CPA解体後の新しい政治体制をめぐり主導権を争っていることである。前者については、シーア派もスンニ派も利害を共有している。
 現在、イラクにおける占領統治の指揮系統は二つある。一つはjoint task force 7という米中央軍隷下の米英軍主体の実力部隊であり、サンチェス司令官の指揮のもと、治安作戦を行っている。兵力は米軍が一三万五〇〇〇人、英軍が一万人。もう一つがCPAであり、占領統治、民生、石油管理、経済復興援助を行っている。司令部要員が一五〇〇人で、それに三四ヵ国が五万人の兵員を送っている。そのうちの約二〇ヵ国は米英軍とともに治安にも当たっており、残りの国々はCPAのオペレーションのもと復興支援のみに携わっている。オランダやイタリアは前者で、日本の自衛隊は後者にあたる。
 アメリカは占領統治にあたって、イラクの民族、宗教、文化、部族関係にもっと配慮をしておくべきだった。しかし、joint task forceはもちろん、CPAも要員の九割は軍人で、軍事作戦の感覚で運用されていた。そこがGHQによる日本の占領統治と対照的なところだ。結果として、四月十六日の米英首脳会談で、六月末の主権移譲の受け皿づくりを国連主導に委むることを決断せざるをえなくなった。アメリカは主権移譲後も米軍を引き続きイラクに駐留させることができるよう、イラク人に受け入れ可能な条件を提示する必要に迫られた。そこで、政権の枠組みづくりを国連に譲るという、現実的妥協を選択したのである。
 六月末に向け、二つの側面で事態は推移していくだろう。一つは新政権をめぐる政治的駆け引きであり、もう一つはファルージャでの戦闘と南部のサドル派との戦闘という軍事面の動きである。すでに米軍は、兵力の増派を決めた。おそらく戦力のあまり大きくないサドル派との停戦合意は可能であろう。一方、ファルージャを放置しておくことは、アル・カーイダを温存し、内戦の火種をつくることになるから、決して妥協しないだろう。いずれにせよ、残された時間はあまりない。
自衛隊撤退の可能性
 イラクにおける局面の変化に日本政府はどう対応してきたか。これまでのところ、自衛隊を派遣して実質的な貢献をするという大方針に変更はない。カンボジア以降の過去一二年にわたる自衛隊派遣では、役割、派遣先、規模、指揮命令系統に至るまで、国連安保理決議など何らかの決定に基づいて、すべてが実施されていた。今回の自衛隊派遣は、すべての決定を日本政府が自ら行うといういままでにない特色を持っている。そのために、派遣先、機能、規模、時期の決定は、昨年七月以降状況の変化に応じてかなりの手直しを余儀なくされた。最終的な政府の決断には、公明党の神崎代表がサマワを訪問したことがいちばん大きく作用した。
 実際に自衛隊がイラクに派遣されてみると、イラク特措法で定められた自衛隊の任務・役割では、現地のニーズに必ずしも合致しないということが明らかになった。そのギャップを埋めるために、政府は一五億円の無償資金供与を決めたのである。この資金は現地雇用などに使われ、結果として自衛隊が行う活動はトータルで、イラクの人々のニーズを満たし、かつ不満を解消するものとなった。このように日本は、状況を見ながら最善の選択をしてきたから、イラク情勢が悪化するなかでも、サマワだけは依然として安定しているのだと言える。
 もちろん、自衛隊が撤退する場合の判断も日本政府が自ら下さなければならない。仮に自衛隊が撤退することがあるとすれば、どのような場合が考えられるだろうか。イラク特措法に基づく自衛隊の本来任務が効果的に達成できないような事態に立ち至る可能性がある場合、自衛隊の派遣を見直すことはあり得るだろう。たとえば、イラクが内乱・内戦状態になり、自衛隊が給水活動をしようにも、宿営地から一歩も外に出られないとすれば、法律で定めた基本計画の任務が効果的に達成できるとはみなせない。それでもなお、イラクに居続けるというのは、法律の主旨に反する。また、米軍を含む各国の人道復興支援部隊が引き揚げる事態となったり、自衛隊の警備を担当する各国部隊の枠組みもなくなるという状況になった場合も、法律の前提条件に反するとみなされるだろう。ただし、いままでのところそのような状況にはない。
 心配なのはCPAが解体してからだ。イラク人に統治権限が移譲されたものの、その政権がまったく機能せず、自衛隊による人道復興支援活動の最終責任を引き受けられる状態になくなったとしたら、自衛隊は効果的に基本計画の任務を達成できないし、イラクに居続けるのは法律の主旨に反することになる。その時は直ちに、自衛隊の駐留を再検討することになろう。
「国連主導」は悩ましい
 今年七月以降、イラクの人道復興支援の枠組みが国連主導に移行することは、じつは日本にとって非常に悩ましい問題である。国連中心と言えば、日本人はすべていいことのように思うが、問題はそのときの決定がどのようなものになるかである。
 安保理決議次第ではあるが、決議の内容が各国の部隊を包含する多国籍軍型活動になった場合には、アメリカ単独の作戦行動という印象が薄まり、イラク人に受け入れられやすいものとなるだろう。しかし、その場合の日本の対応は悩ましい。なぜなら、安保理決議が依然として治安の回復など武力行使にあたる活動を想定して、多国籍軍を編成することになったとき、日本は自衛隊をそこに編入させることができない。そうなれば、自衛隊は多国籍軍の枠の外にポツンと一ヵ国だけ置かれることになる。その場合、自衛隊の警備を含む安全確保を誰がやることになるのか。一方で、イラク特措法は安保理決議を前提にイラクの人道復興支援のため自衛隊を派遣しているのであり、新しい安保理決議が採択された場合にも、直ちに自衛隊をその枠から外すわけにはいかない。
 おそらく各国は主権移譲後の新しい政権と地位協定を結んで、各国軍隊の駐留を国際法上に担保することとなろう。すでにアメリカの法律アドバイザーが、イラクの新国防相に地位協定のモデルを示していると言われている。日本とイラク新政権との間で、地位協定に合意できた場合でも、基本計画に基づく活動を効果的に実施できなくなれば、撤退の要件を満たすことになる。
一線を越えるのか
 米英軍に代わってイラクの治安の維持回復を国連に委ねるという安保理決議が採択された場合、強烈な実力行使の多国籍軍が編成される可能性がある。わかりやすく言えば、湾岸戦争の時のような多国籍軍だ。そのようなものの指揮下に自衛隊が入ることが、はたしていまの日本の憲法解釈においてできるだろうか、あるいはイラク特措法はそのような枠組みを認めうるのか。
 それには、従来の憲法解釈を乗り越える作業が必要になる。集団的自衛権の行使にさらに一歩近づくことになり、夏の参院選の争点にもなろう。「国連主導」と言い続けてきた民主党の想定する安保理決議とは、紛争が解決した後のPKF・PKOであろう。ところが、イラクの場合は、紛争地域における有志連合を安保理決議でカバーしようという形式になる可能性がある、おそらくそこまでは民主党はおろか与党の多数の議員も考えてはいないであろう。
 つまり、ここで事実上、今日まで政府がとってきた憲法解釈の越えてはならない一線を越えてしまうことになるのだ。PKFよりも武力行使に近い内容をもった安保理決議が通り、その一翼を日本が担うことになれば、領域外における武力行使ということになる。これをやろうとすれば、政府提案では難しい。内閣法制局による憲法解釈の制約を受けるからだ。しかし、議員立法なら可能だ。イラク特措法の改正案を議員立法で提出し、これが立法府の意思になれば法制局は文句を言えない。
 ただし政治問題になる可能性は大いにありうる。自民党内にもこの議員立法に賛成できない議員が出て、もし法案が通らなかった場合、内閣不信任案が提出され政権の交代につながりかねない。したがって、安保理決議を糠喜びするのは非常に危険であると思う。ものすごい決断を迫られることになる。
 私の見るところでは、テロ特措法でインド洋に海上自衛隊を出した時点で、すでに一線は越えている。安保条約の対象とする極東でもないところに、燃料補給する補給艦と護衛艦を送ったのである。補給している相手艦が第三者から攻撃された場合、当然自衛隊の艦艇も反撃をすることになるが、それを個別自衛権で説明することがはたしてできるだろうか。幸運なことに、アル・カーイダはインド洋まで出ていく能力がないので、そのような事態には立ち至っていない。しかし、法律は当然、この事態を想定しているのである。イラクの場合は、現実に地上で同じような事態が起こりうると考えられる。これは、集団的自衛権と言うよりも、武力行使の一体化の議論になる。
恒久法の制定ヘ
 カンボジアPKO以降今日まで日本政府がやろうとしてきたことは、憲法に真正面から向き合うという正攻法ではなかった。現実的具体的な法律に基づく措置を積み重ね、その結果が憲法改正もしくは憲法解釈変更の敷居をできるだけ低いものにしたといえる。そのために必要だったのは国民の理解である。コップに徐々に水を注ぎ足して、これ以上はいよいよこぼれるところまできて、今またさらに水を注ぎ足そうとしている。段階的に積み重ねてきたものではあるが、一二年前からは考えられない地点にまできてしまった。
 新たな安保理決議の内容次第では、コップから水がこぼれるのを覚悟しなければならない。その時用意する新しいコップは、おそらく恒久法ということになろう。
 来年になると、自衛隊を海外に派遣する際の基準法となる恒久法が審議される。このなかで初めて、日本は戦後決して踏み越えることのなかった一線を越えることになる。
 恒久法で焦点になるのは、まず自衛隊派遣の根拠をどこまで広げるかだ。すなわち日米安保や安保理決議によらない自衛隊の海外への派遣はありうるかどうか。たとえば、有志連合的にソマリアに自衛隊を送ることは認められるか否かということだ。次に、自衛隊の活動内容をどこまで認定するか。これまでは、調達・補給・整備・輸送・修理などの後方支援に限られていて、哨戒・偵察・監視・捜索救助などは行っていない。しかし、哨戒活動をするとなれば、武力行使に直結することもありうる。したがって、恒久法の内容は、集団的自衛権と武力行使に関する従来の枠組みを大きく踏み越えることになる。
 憲法改正までにはまだ時間がかかる。しかし、恒久法のもとで実態が動けば、事実上憲法を乗り越えてしまうことになるかもしれない。したがって、恒久法の制定は、日本の防衛とはいかなるものであるべきかという本来的な問いに解答を示すという役割を果たすことになる。
世論はナイーブだ
 イラク人質事件は五人の人質の解放で決着し、世論も自衛隊の撤退には傾かなかった。しかし、自衛隊員が拘束された場合、あるいは自衛隊員に死者が出た場合、世論はどうなっただろう。実は、政府でも日米間でも議論されていることである。まったく不可避の事故で任務執行中に死者が出た場合は、政府は耐えうるだろう。
 しかし、次の二つの場合には違う。一つは、理由の如何にかかわらず規模が大きい場合。もう一つは、通常の活動を行っていて合理的でない事故が起こる場合。具体例を挙げれば、給水活動中に水を受け取りにきたイラク人が自爆テロを行ったような場合、給水活動を実施するための前提条件が狂うことになる。したがって、規模と様態によるが、政府が自衛隊の駐留に固執しても、世諭の七割が反対に傾けば、議員立法でイラク撤退法案が起案される可能性はある。やはり、自衛隊員の場合は自己責任ではないのだから、殉職するくらいなら撤退すべきだという議論になるだろう。世諭というのは、急には変わらないものである。
 その逆に、自衛隊が武力行使の拡大へと向かうにはさらなるステップが必要となろう。まず、次なる海外派遣に際し、イラクの時のような武器使用の基準では駄目だと認定し、部隊指揮官が部隊として武器使用できるようにする。たとえば、警備に限って、単独で独立完結性のある作戦ができるようにするという段階を経なければならない。
 七月以降のイラクでの自衛隊駐留は、政府がどのような説明をできるかにかかっている。多国籍軍が武力行使を念頭にしたものであったとしても、あくまで日本の果たすべき役割は後方活動であり人道復興支援で、自衛隊は武力行使しないことに変わりはない、という説明で切り抜けられるかどうかだ。仮にそう説明してみたところで、全体をカバーする安保理決議に武力行使が盛り込まれていれば、日本だけが知らないふりをしていられるかどうかという問題もある。
 一般の国民が考えられるのは、海外で武力を行使する活動が日本にとって相応しいかどうかを判断するというレベルだ。イラクのなかで米英軍とともに治安維持にあたるとなると、当然おかしいという判断になるだろう。この点において、アメリカは日本を楽観的に見すぎているように思う。小泉政権を過大評価している一方で、日本の世論の感度を理解していない。
 私自身は「日本のネオコン」と言われるくらい、厳しい意見を述べ続けてきた。しかし、この私でさえ日本国民のナイーブさはよくわかっているつもりだ。国民の六割以上が自衛隊のイラク派遣を支持していることには不思議な思いすら抱いている。おそらくそれは、イラクの人々を助けようという日本国民の人道主義的な感覚からきているのだろう。ただし、それも危険に遭遇しない限りなのだ。国民の大多数は、自衛隊員が傷つくことも、あるいは武力行使によってイラクの人を傷つけることも、どちらにも否定的だ。
 小泉首相は今度の自衛隊イラク派遣で、幸運にもこれまでのところ一人の犠牲も出さずにこられた。邦人人質事件もクリアした。おそらく残り三年の任期で、憲法改正に手をつけることになろう。日本の運命を戦後初めて変えた総理という評価を得て、その任を終えることになるのだろう。
◇森本敏(もりもと さとし)
1941年生まれ。
防衛大学校卒業。
外務省・安全保障政策室長、野村総合研究所主任研究員を経て、現在、拓殖大学教授。
 
 
 
 
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