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私はこう考える【自衛隊について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1996年7月号 Voice
「集団的自衛権」解釈の怪
佐瀬昌盛(させまさもり)(防衛大学校教授)
「奇形児」?「概念の濫用」?
 「国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているものとされている。わが国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法第九条の下において許容されている自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考える」
 世上、集団的自衛権の行使は許されるか否かをめぐり議論がかまびすしい。その際、中心に据えられるのが、右に示した政府見解である。これは一九八一年五月に、当時の社会党の稲葉誠一衆議院議員の質問主意書に対する答弁書として明らかにされた。平たくいうと、わが国にとって集団的自衛権とは、「国際法上、持ってはいるが、憲法上、行使は許されない」権利ということになる。私はこれを便宜的に「保有と行使の分離」論と呼ぶが、「保有、だが行使不可」では権利と呼べないとか、そういう説明自体が形容矛盾とか、「保有なら行使も可」とか、議論百出状態である。私も議論をかまびすしくしている人間の一人ではあるが、あらためて自説を開陳するにあたり、これまで気になりながら書きそびれてきた事柄をまず最初に指摘したい。
 集団的自衛権は何かしら良からぬもの、望ましからぬものという先入観めいたものが、わが国ではかなり広汎に行きわたっている。一例を挙げると、今日では『朝日新聞』論説主幹の重責を担う中馬清福氏は十一年前の著書『再軍備の政治学』(知識社刊)で、集団的自衛権は「冷戦が生んだ奇形児」だと断じて、「この裏話が示しているのは、集団的自衛権は、国連創設時に早くも芽ばえていた米ソ対立が生んだ一種の奇形児であって、必ずしも国連憲章の精神に沿ったものとはいえない、ということである」と書いた。
 ここにいう「裏話」とは、国連憲章のダンバートン・オークス案(一九四四年秋)には「集団的自衛権」なぞ盛られていなかったのに、安保理常任理事国に拒否権が認められたこととの関連で、いわば最後の段階で憲章第五一条に取り込まれた事情を指す。そのこと自体は事実だが、しかし、それは当時からよく知られたところで、勿体ぶって「裏話」と呼ぶほどの事柄ではない。もう少し詳しくいうと、ダンバートン・オークス案の段階では、国際関係上、すべての武力威嚇・武力行使の禁止がめざされた一方で、国際の平和と安全の維持を目的とする地域的取極や地域的機関の存在は認め、それらが強制行動をとるに際しては安保理の事前の許可を義務づけた。ところが、大国に拒否権が与えられたので、それが行使されると、地域的に平和が損われても安保理による許可が下されず、したがって必要な強制行動がとれない事態が考えられる。このディレンマから脱するため、国連憲章は結局、武力攻撃発生の場合に、安保理が国際の平和と安全の維持に必要な措置をとるまでのあいだ、すべての加盟国に対して「個別的又は集団的自衛の固有の権利」を行使することを認めた。
 右のディレンマ的な事態を指摘し、第五一条創出の原動力となったのは、当り前のことだが、拒否権を与えられた五大国ではなく、当時すでにチャプルテペック協定(後日の全米相互扶助条約)を結んでいたラテンアメリカ諸国である。これら諸国には冷戦の予感なぞ働いていなかった。たしかに国連創設のサンフランシスコ会議の時点で米ソ対立は「芽ばえて」はいた。だが、「奇形児」を生み落せるほどにまで、冷戦は成長していなかった。だから、集団的自衛権を「冷戦が生んだ奇形児」とか、「米ソ対立が生んだ一種の奇形児」と呼ぶ中馬流には無理がある。むしろそれは、事後のこじつけに近い。
 また、集団的自衛権は「必ずしも国連憲章の精神に沿ったものとはいえない」との見解にも、首をかしげざるをえない。傍点箇所は正確には「ダンバートン・オークスの精神」でなければなるまい。それはさて措くとして、ダンバートン・オークス案がそのまま国連憲章になっていたら、その後の世界はどうなっていたか。その後に深刻化した冷戦下、拒否権の応酬合戦で安保理決議は成立せず、いずれの国家あるいは国家群も自衛権の発動を許されず、したがって国際の平和と安全を踏みにじる無法国に名をなさしめたかもしれないのである。繰り返すが、「ダンバートン・オークス精神」では安保理が事前是認しない武力行使は、たとえそれが自衛目的でも違法とされるはずだったからである。
 実際には、国連加盟国が不当な武力攻撃に対し、「ダンバートン・オークス精神」に殉じて自衛のための武力行動を断念すると考えるのは、滑稽である。現実には、不当な武力攻撃に対して正当な自衛の反撃がなされると考えるべきだろう。だとすれば、ダンバートン・オークス案がそのまま国連憲章化していたあかつきには、それがかえって蹂躙、または無視される結果になっていたことは、十分に考えられる。「精神」は、高貴なだけでは安全保障の原理として有効たりえない。蹂躙もしくは無視されることが予想される法規範には、むしろ矛盾や欠陥が潜んでいると考えるべきだろう。
 さらに、集団的自衛権が、もともとダンパートン・オークス案の認めるところであった多数国間の地域的取極・地域的機関の切実な声に傾聴して「創設」された以上、それが「集団的」であるのは理の当然である。そうでなければ、かえっておかしい。安全保障の地域的取極・地域的機関を容認しながら、個別的自衛権しか認めないのでは、文字どおりの論理破綻でしかない。前者を容認する以上、憲章第五一条で「創設」された集団的自衛権はけっして「奇形児」でなく、論理的には「正常児」である。それを「奇形児」と呼ぶ論者にこう訊ねたい。国連憲章はそもそも第八章に定める「地域的取極」なぞを認めるべきではなかったとでもいうのか。
 いずれにせよ、「奇形児」とか「裏話」とやらで集団的自衛権の出自が語られると、それが本来あってはならないもの、望ましからざるものとしてイメージされるのは避けがたいだろう。明らかに中馬氏はそういうイメージで集団的自衛権を見ている。その人物が今日では論説主幹である以上、その影響は『朝日』の論説や報道に及ばざるをえないだろうし、したがって読者もその影響の下に置かれているだろう。しかし、わが国に広汎に流布するこの種の集団的自衛権観は国際的に特異なのである。
 なぜこのように縷説するのか。最近出版された中村明著『戦後政治にゆれた憲法九条―内閣法制局の自信と強さ』(中央経済社刊)によると、「集団的自衛権という概念は、自衛権概念の濫用」と考える「内閣法制局幹部」がいる由である(一八五ページ)。「濫用」とは本来あってはならないこと、望ましくないことであるから、集団的自衛権という概念そのものが内閣法制局内では――やや強く表現すれば――嫌われている可能性がある。この概念そのものがある種の先入観の下に置かれているらしい。
 これは大変なことではないか。周知のように、集団的自衛権の行使の可否は憲法第九条との関係で解釈されるが、中村明氏の指摘を俟つまでもなく、この問題では「内閣法制局が認める範囲でしか行政も政治も動いていないのが実態」であるからだ。内閣法制局も人間集団である以上、一つの問題でその内部にいくつかの意見があるのは必定だろう。だが、最高裁判決にさえ少数意見の付記が珍しくないのに、法制解釈に当る内閣法制局見解には少数意見なぞ付記されない。その結果、集団的自衛権についても先入観ともいうべき「概念濫用」イメージの下で政府見解が束ねられるのではないか。
 内閣法制局が国連憲章の少なくとも一部、つまり第五一条に対する不信感から出発しているとすれば、わが国の関与なくして策定された国際法規範に対して少なくとも部分的に否定的な価値判断をもって臨んでいることになる。国連憲章を価値判断する権限なぞこの法制解釈機関に認められているのかとの疑念がただちに湧くが、その点はさて措こう。むしろ問いたいのは、いわば集団的自衛権嫌いを自認している格好の法制解釈機関に、その行使の可否について憲法解釈を求めて、偏りのない見解が期待できるだろうか、なのである。
 今日、世界各国政府は集団的自衛権という概念を異論なく受け容れており、それを「自衛権概念の濫用」だなぞとは見ていない。その意味で集団的自衛権は国際法秩序の一部なのである。誤解を避けるため付言すると、ヴェトナム戦争当初における米国の主張やアフガニスタン侵攻時のソ連政府声明など、「集団的自衛権主張の濫用」が国際的に指摘されたことはいくどもある。しかし、それは「概念濫用」とはまったく異なる。わが国政府が、「概念濫用」の考えから出発しているならば、国際的にきわめて特異なのである。
 私はかねがね、「憲法に照らして集団的自衛権の行使は不可」との政府見解の論理構成に欠陥を見てきた。だから、広く読者の目に触れるものとして『THIS IS 読売』誌、九六年四月号に自分の分析を書いた。それにしても、なぜかくも欠陥ある理由づけで済んできたのかは、長年の疑問だった。それが、内閣法制局幹部の「概念濫用」発言を知って、納得がいったような気がする。嫌悪感から出た「行使不可」という結論が先にあって、あとから無理な理由づけがなされたと思えなくもないからである。
バイパスされた憲法解釈
 では、政府見解の論理構成にはどのような問題点があるか。それは右の別稿ですでに指摘したが、本誌読者のため問題点をあらためて略述する。(1)政府見解では「国際法上」と「憲法上」との一見巧妙な使い分けに立ち、「国際法上は保有、憲法上は行使不可」と結論されている。その際、「憲法上、保有しているのか否か」という重要論点はバイパスされている。この論点を詰めると、政府見解は崩れる可能性がある。(2)日本外交は過去にいくども条約や宣言文書で、わが国が個別的、集団的自衛権を保有している旨を確認してきた。かりに国内的にあらかじめ「憲法上は不保有」と判断していながら対外的に「保有」を謳ったのだとしたら、それは不誠実行為であり、憲法上、大いに問題がある。(3)わが国の自衛権行使は「わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきもの」であって、集団的自衛権の行使はこの「範囲を超える」から、憲法上許されない、との「量的格差」論には無理がある。集団的自衛権が、自衛権として「必要最小限度の範囲」で行使できないはずはない。政府見解はこの点、態様の違いを量的格差と取り違えている。
 このような見地から私は、近年の個別的自衛の範囲をめぐる拡大解釈気味の議論を勘案すると、「一面で、個別的自衛権行使の許容範囲を態様上どんどん拡大し、他面で集団的自衛権の行使はわが国に許される『自衛の範囲』を超えるとの禁欲主義を墨守するようなアクロバットをやめて、両種の自衛権の行使について穏当な解釈を採用する機は熟している」と結論したのである。
 ところが、その直後、正確には二月二十七日の衆議院予算委員会で集団的自衛権問題が議論されると、大森政輔内閣法制局長官は、現行の政府解釈は「それぞれ論理的な追求の結果として示されてきたもの」と強調、「政府がその政策のために従来の憲法解釈を基本的に変更するということは、政府の憲法解釈の権威を著しく失墜させますし、ひいては内閣自体に対する国民の信頼を著しく損うおそれもある、憲法を頂点とする法秩序の維持という観点から見ましても問題があるというふうに考えているところ」と答弁した。
 この種の答弁がなされたのは今回が初めてではないが、最も新しい発言例としてこれにこだわりたい。いわれていること自体は至極もっともである。だが問題は、答弁とは裏腹に、集団的自衛権に関する政府見解が、(イ)「論理的」ではないし、(ロ)「政策のために」割り出されてきたといわざるをえない、ことにある。もうひとつ気になるのは、(ハ)「基本的に」変更することは問題だとされた点である。そこで前掲拙稿では紙幅の制約から断念したところまで議論を進めたい。
 まず問題(1)、つまり、わが国が国際法上は当然に保有する集団的自衛権を「憲法上は保有するのか否か」の論点がバイパスされてきたことについて。予備的に断わっておくが、過去の国会論戦で「憲法上、わが国は集団的自衛権を持たない」という類いの政府側発言例は、今日的政府見解が確定されて以後にもいくつもあった。しかし、それは「国際法上」と「憲法上」とで保有と行使を使い分ける語法があまりにも技巧に走りすぎているので、いちいちこの語法を守れない人びとが思わず粗雑な――もしくは省略形的な――物言いに走ったものとみなす。早い話が、『朝日』の中馬氏もその著書で「集団的自衛権は違憲、という日本政府の立場」なぞと略記(?)するほどだからである。これらの事例は、たんなる舌足らずとみなして、あげつらうことをしない。
 さて、「わが国は憲法上、集団的自衛権を保有するか」の難問(?)は、じつは国会でまったく議論されなかったわけではない。本稿冒頭に掲げた政府見解が出されると、質問書を提出していた稲葉誠一衆議院議員――最近逝去――は、その内容が簡単すぎるとして、主権国家たる日本は「国際法上のみならず国内法上も集団的自衛権を持っているのですか」と質問した。これに対して当時の角田内閣法制局長官は再三再四、答弁に立った。そのつど同じ趣旨を繰り返したのだが、その締めくくりの発言はこうである。
 「私どもは、集団的自衛権を確かに持っている、そしてそれを行使できないのだという説明を理論的にはできると思います。しかし、私どもの立場から見ますと、集団的自衛権というものは全く行使できないわけでございますから、それを国内法上持っていると言っても全く観念的な議論なんです。そういう意味において誤解を招くおそれがありますので、私どもは自衛権は行使できない、それはあたかも持っていないと同じであります。個別的自衛権の場合と同じように持っているけれども、行使の態様を制限されるものとは本質的にやや違うということを実は強調したいわけでございます」
 要するに、「集団的自衛権は一切行使できないという意味において、持っていようが持っていまいが同じだ」(角田長官)というのである。これが法制解釈というものだろうか。憲法上は選挙権、被選挙権という両様の参政権を持っていても、地盤、看板、カバン(資金)がゼロで後者を行使できないという意味において、それを持っていようが持っていまいが同じだ、というに近い暴論ではあるまいか。法制解釈ならばこそ、「まったく観念的な議論」さえもが必要なのではないか。それが意図的に回避されているのではないか。というのも、それを回避せず、「国内法(憲法)上、持っている」、「持っていない」の、いずれの答えを出すにしても、そのあかつきには政府見解が崩れると懸念されるからではないのか。そうだとすれば、それは「論理的な追求」を回避した政治的、政策的技法なのではないか。
 私は「憲法上の保有・非保有」を詰めると、政府見解は大きく揺らぐと思う。「憲法上も保有」とする場合、「憲法上保有する権利だが、憲法上行使できない」という論理はそれこそ形容矛盾であって、角田長官流にそのような「説明を理論上はできる」とは思わない。「できる」というのなら、それを避けるべきでなく、やるべきである。それが法制解釈のプロの道であり、その結果、「誤解を招くおそれ」があるというのなら、誤解を解く努力を惜しむべきではない。
 これを要約するなら、集団的自衛権に関する今日の政府解釈は、近時、大森内閣法制局長官がいったように「論理的な追求の結果」なのではなく、むしろ論理貫徹性の不十分、あるいは論理的ぼかしを特徴としている。念のためにいうが、私はバイパス手法、ぼかしの手法を一概に有害とは見ない。そういう政治的手法も事と次第で必要である。ただ、そういう手法に頼る政府見解を唯論理の産物、不易の法理であるかのように言い募るのだけは、やめたほうがいい。
 問題(1)に関連して、「わが国は憲法上、集団的自衛権を行使できないばかりでなく、そもそも保有しない」との考えも、論理的にはありうる。この場合、「ない袖は振れぬ」のことわざが当てはまり、そのかぎりで論理的にはきわめてすっきりする。だが考えてみると、この場合には「憲法上不保持」をいえばそれで足りるはずであり、わざわざ「憲法上行使不可」ばかりを力説する必要はまったくない。後者ばかりが強調され、前者が全然唱えられないのはなぜか。この不自然にはそれなりの理由があると考えなければならない。戦後の日本外交が残した足跡を顧みると、「国際法上は保持、だが憲法上は行使不可、なぜなら憲法上不保持だから」というわけにはいかない――これがその理由だろう。
ウドンとソバ
 そこで問題(2)、つまり、集団的自衛権に関係する日本外交の過去の足跡の検討が必要となるのだが、それは長くなる。だから順序を逆にして、問題(3)、つまり、「必要最小限度の範囲」の自衛権行使しか憲法で許されないので、「その範囲を超える」がゆえに集団的自衛権の行使は許されないとの論理構成の欠陥、を先に扱う。
 この点での政府見解に論理的混乱があることは先掲別稿で論述した。今回は同じことを別の技法で述べてみたい。問題になるのは、先に示した政府見解の第二文の後半、すなわち、「憲法第九条の下において許容されている自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている」のくだりである。
 ここではわが国の集団的自衛権の有無は問われず、その「行使」の可否だけが論じられている。この手法をひとまずは受け容れたうえで、いいたい。右のくだりは論理的にはこう書かれるべきだった。「憲法第九条の下において許容されている自衛権の行使は、わが国を防衛する目的に限られるべきものと解しており、集団的自衛権を行使することは、この目的から逸脱するものであって、憲法上許されないと考えている。なお、右の目的に限られた自衛権行使も、憲法に照らせば、必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解される」。両者は似ているようで、論理構成は大いに違う。なぜなら、政府見解では個別的自衛権行使と集団的自衛権行使とはなによりも量的格差の事象と捉えられ、後者は――なんの検討も経ないで――「必要最小限度の範囲」を超えると断定されているのに対して、私案では両様の自衛権行使に目的の違い、換言すれば態様(モーダス)の違いを見るだけだからである。
 即物的な譬えで恐縮だが、政府見解は、家訓(憲法)に照らして麺類を食べることは許されているが、そのために許される支出は七百円までという「必要最小限度の範囲」にとどめなければならないので、ウドンは食べてよいが、ソバを食うことはこの範囲を超え、ゆえに家訓上許されない、といっているようなものである。ウドン、ソバを食べるのを、価格差のある行為だと決めてかかるのは滑稽である。ウドンは七百円以下で食えるが、ソバを食うには七百円以上かかるとの前提がなければ、換言すれば、個別的自衛権の行使はわが国を防衛するため必要最小限の範囲にも納まりうるが、集団的自衛権行使は必ずこの範囲を超えてしまう、との前提がなければ、政府見解は成り立たないのである。これに対して私案は、「質素を旨として『色白の美肌を保て』との家訓に照らして、麺類を食す(=自衛権を行使する)ことは許されているが、食べることの許される麺は白色のもの、つまりウドンでなければならない。ソバは有色で、これを食べることは、家訓上許されない。なお、質素を旨とする家訓に照らせば、ウドンを食べるための出費は七百円以下でなければならない」というようなことになる。私案はウドン(=個別的自衛権)とソバ(=集団的自衛権)を食べる(=行使する)ことの違いを価格差(量的格差)に求めない。ソバのほうがウドンより必ず高く、七百円以内では食べられないとは考えられないからである。ウドンしか食べないのは、一義的には肌の白さを尊ぶ家訓のゆえであり、七百円以下の出費にとどめるのは質素を旨とする家訓のゆえである。
 以上に照らせば、個別的自衛権と集団的自衛権の行使をもっぱら量的格差の事象と捉える今日の政府見解の奇怪さは明瞭だろう。なのに政府答弁はこの論理構成にしがみついてきた。そのため、信じがたい珍答弁が政府側から飛び出したことがある。八六年三月五日の衆議院予算委員会で二見伸明議員(公明党)が前掲の八一年「答弁書」を読み上げ、「これを裏側から考えると」と断わったうえで、「今後、必要最小限度の範囲内であれば集団的自衛権の行使も可能だというような、そうした引っくり返した解釈は将来できるのかどうか」と質問したときのことである。茂串内閣法制局長官はこう答えた。「ただいま二見委員の御質問のございましたように、必要最小限度の範囲を超えるような集団的自衛権というものはありえないということでございまして・・・」。
 政府見解だとほんとうは、「必要最小限度の範囲を超えないような集団的自衛権というものはありえないということでございまして・・・」でなければならない。答弁者はいうべきことのちょうど逆をいってしまったのだが、速記録訂正もなく、そのまま会議録に残ったのはご愛矯である。むろん質問は「将来、そうした引っくり返した解釈が許されてはならぬ」との趣旨に発したのだが、あまりの珍答に議論は頓挫、「必要最小限度の範囲での集団的自衛権の行使は考えられるか否か」という核心部はぼけてしまった。ただ、この珍光景は、内閣法制局が集団的自衛権行使不可をなにがなんでも個別的自衛権行使との量的格差の見地から説明しようとしていることを教えてくれて、貴重である。
 七百円でウドンは食えるがソバは食えぬと決めてかかるのが偏見であるのと同様、「必要最小限度の範囲」では集団的自衛権は行使できないと考えるのも、偏見、もしくはためにする議論である。困ったことに、政府の説明は一面でそういう偏見、もしくはためにする議論に拠りながら、他面で私のいう「態様の違い」論にときとして乗り換える。たとえば自衛隊が極東有事で出動する在日米軍の後方支援に当るのは、少なくとも昨日までの解釈では、集団的自衛権の行使で駄目とされてきた。では訊くが、そういう後方支援がいかなる意味で「必要最小限度の範囲」を超えるというのか。それは集団的自衛権の行使に当るから駄目と解釈されてきた――し、されている――とすれば、それはその行為の量的意味からではなく、態様に照らしての判断でしかなかった。つまり、ことと次第で二重の基準が使い分けられてきたのである。もっといえば、量的格差論という重大欠陥のあるタテマエと、「態様の違い」論というホンネの使い分けであった。
一九七二年十月――憲法解釈「資料」
 なぜ、重大欠陥のあるタテマエを放棄し、ホンネだけに一本化できないのか。ここで、前述の問題(2)が登場してくる。なぜ、集団的自衛権という態様の自衛権は憲法上保有しないとすんなりいえないのか。それにはそれなりの理由がある。戦後日本外交の足跡に照らすと、いまさら「憲法上不保持」をいうわけにはいかないのである。
 一九五一年のサンフランシスコ平和条約第五条(C)にはじまり、同日調印の(旧)日米安全保障条約(前文)、一九五六年の日ソ共同宣言(三項第二段)、一九六〇年の(現行)日米相互協力・安全保障条約(前文)ではいずれも、わが国が国連憲章第五一条にいう個別的・集団的自衛の固有の権利を有する旨が承認、あるいは確認されている。
 ところがその後、一九七〇年の日米安保条約自動延長を円滑ならしめるため、政府は国内的に「憲法上、集団的自衛権の行使は不可」との見解をしだいに固めていった。法理論よりも政治論である。詳論は省くが、「憲法上行使できない権利の保有を、ではなぜ国際条約で確認したのか」との追及がはじまったのは、むしろ七〇年代のことである。追及に立ったのは社会党であり、その点を衝くことによって「日米安保違憲論」に持ち込もうとしたのである。一九七二年になって、「憲法上行使の許されない権利の保有を日米安保条約に書き込んだのはおかしいではないか」との社会党・水口宏之参議院議員の追及を受けると、政府は苦境に立たされる。
 水口議員の要求にもとづき一九七二年十月、集団的自衛権に関する政府の憲法解釈「資料」が参議院決算委員会に提出された。これは、今日しばしば引用される――本稿冒頭に示した――政府見解(「答弁書」)の五倍近い長さなので、論旨はほぼ同じでも、政府の考え方をより詳しく教えてくれる。「憲法上保有か、非保有か」には触れない手法がここで確立されたといってよい。
 その全体の直接引用は断念するが、要旨はつぎのとおり。まず、わが国との関わりで国際法上の集団的自衛権の原則を宣明した文書としては、「国際連合憲章第五一条、日本国との平和条約第五条(C)、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(現行安保条約)前文並びに日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言三項第二段の規定」が挙げられ、わが国が国際法上その権利を有していることは「当然」とされる。あらかじめ読者の注意を促しておきたいが、私が先に挙げた一九五一年の(旧)日米安保条約前文の存在にはなぜか言及がない。ついで、国際法上は集団的自衛権を有していても、その行使は「憲法の容認する自衛の措置の限界をこえる」がゆえに許されないとの立場に、「政府は、従来から一貫して・・・たっている」とある。以下、この考えの構築根拠として憲法第九条、前文、第一三条が挙げられ、許される自衛の措置は憲法の「平和主義」に照らして無制限ではありえず、わが国に対する武力攻撃を排除するため「必要最小限度の範囲にとどまるべき」だとされる。そして、「そうだとすれば、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるをえない」と結ばれる。これで、政府のガードは固まったのである。
 しかし、以上のことは日米安保改訂以後についていえるだけの事情にすぎない。それ以前の時期について見ると、「政府は、従来から一貫して」右のような立場に立ってきたなぞとはとうていいえないし、また、憲法に照らして集団的自衛権を「全く」、あるいは「一切」行使できないといった考えが固まっていたわけでもない。むしろ、今日の政府見解は「従来から一貫して」不動、不易の法理を踏まえていると信じたがる人びとを驚倒させかねない事例は、いくつもあった。一九六〇年から時代を逆に歩いてみよう。
憲法が認める集団的自衛権
 一九六〇年五月といえば、すでに安保闘争のアラシが吹き荒んでいた時期だが、それでもまだ赤城宗徳防衛庁長官はつぎのように答弁している。「集団的自衛権の定義等につきましてはこれはいろいろあります。その定義によりまして見解もある程度違うかもしれませんが、ともかくも国際的に集団的自衛権を持つ。しかし日本が集団的自衛権を持つといっても、集団的自衛権の本来の行使というものはできないのが、憲法第九条の規定だと思います。集団的自衛権からいたしまするならば、これは相手方が侵害された、たとえばアメリカが侵害されたというときに、安保条約によって日本が集団的自衛権の行使をしてアメリカ本土へ行って、そうしてこれを守るというような集団的自衛権、かりに考えますならば、日本はそういうものは持っておらないわけであります。でありますので、国際的に集団的自衛権というものは持っておるが、その集団的自衛権というものは、日本の憲法の第九条において非常に制限されておる・・・」
 明らかに、ここで語られているのは、集団的自衛権に関して「憲法上、制限的保有」論である。これは、防衛庁長官だけの特異な考えではなかった。それは岸信介内閣のいわば統一見解だった。その二カ月ほど前、岸首相はこう答弁している。「・・・集団的自衛権という内容が最も典型的なものは、他国に行ってこれを守るということでございますけれども、それに尽きるものではないとわれわれは考えておるのであります。そういう意味において、一切の集団的自衛権を持たない、こう憲法上持たないということは私は言い過ぎだと、かように考えております」。林修三内閣法制局長官の答弁も引いてみよう。「・・・いわゆる集団的自衛権という名のもとに理解されることはいろいろあるわけでございますが、その中で一番問題になりますのは、つまり他の国、自分の国と歴史的あるいは民族的あるいは地理に密接な関係のある他の外国が武力攻撃を受けた場合に、それを守るために、たとえば外国まで行ってそれを防衛する、こういうことがいわゆる集団的自衛権の内容として特に強く理解されておる。この点は日本の憲法では、そういうふうに外国まで出て行って外国を守るということは、日本の憲法ではやはり認められていないのじゃないか、かように考えるわけでございます。そういう意味の集団的自衛権、これは日本の憲法上はないのではないか・・・」。しかし、である。「米国が他の国の侵略を受けた場合に、これに対してあるいは経済的な援助を与えるというようなこと、こういうことを集団的自衛権というような言葉で理解すれば、こういうものを私は日本の憲法は否定しておるものとは考えません」。
 右の「経済的な援助」を「後方支援」という今日的な言葉で置き換える場合、林長官は「そういう集団的自衛権行使を憲法は否定している」といっただろうか。そういう細部の議論は当時にはなかったので推測でしかないが、「それも憲法では否定されていない」と答えたのではあるまいか。というのも、「要するに、たとえば自国と密接な関係にある他国が武力攻撃を受けた場合に、その国を自国と同様に守るということが、いわゆる集団的自衛権の問題」と、同長官は繰り返したからである。
 要するに、現行安保条約締結当時には、集団的自衛権の「最も典型的なもの」、「最も重要視されるもの」、「本質的な面」、「中心的な観念」、「本来」的なものについては、憲法上行使は許されないと判断されていた。わが国と密接な関係にある他国(=米国)が武力攻撃を受けた場合、わが国がその他国本土にまで出向いて、わが国を守るのと同様にその国を守ることは許されないというまでだった。裏返すと、集団的自衛権の制限的保有論、制限的行使是認論なのだった。
 その後、十二年ほどのあいだに政府見解は大きく変った。だというのに、一九七二年になると、政府の立場は「従来から一貫して」いて、集団的自衛権の行使は「一切」、「全く」認められないのだと肩肘をいからせた主張になる。
 一九五六年の日ソ共同宣言三項第二段でも、日ソ双方の個別的、集団的自衛権が確認された。その前年八月の日本側提示になる日ソ平和条約案からも、日ソ交渉を担当した松本俊一全権の共同宣言批准国会での答弁からも判明するが、これは「日本側から提案いたした意思表示」であり、「先方はそれをそのままのんだ」ものである。当時、日本は国連未加盟だった。にもかかわらず国連憲章第五一条に言及してなぜ集団的自衛権保有の確認を求めたのか、その動機は、厳密にいえば定かでない。ただ、後年になってよくそう説明されたように、「憲法で行使が禁じられている権利でも、国際的に保有を確認しておいて損はない」といった程度の軽い動機に出ていたとは、考えられない。当時の日本は国連加盟を熱望しており、その成否は、拒否権を持つソ連の意向にかかっていたからである。日本は正攻法をとり、その五年前の対日講和条約で集団的自衛権が確認されたのに見合う規定をぜひとも日ソ間文書にも盛り込む努力をしたと見るべきであろう。
「これらの権利の行使として」
 そこで一九五一年のサンフランシスコ平和条約が問題になる。ただ、当時の外務省条約局長だった西村熊雄氏が述懐したように、平和条約では日本は「交渉する立場になく、ただ『コンサルト』される立場にあった」が、同日に締結された(旧)日米安保条約は「日本が独立国として自国の安全の維持のため対等者として米国と交渉して締結した」という事情がある(西村熊雄「安保条約改定の歴史」、『国際法外交雑誌』第59巻、第一・二合併号)。だから、当時の日本政府の意思を知るには、旧安保条約に観察の重点を置くほうがよい。その旧安保条約前文第三段、第四段には、こう謳われている。
 「平和条約は、日本国が主権国として集団的安全保障取極を締結する権利を有することを承認し、さらに、国際連合憲章は、すべての国が個別的及び集団的自衛の固有の権利を有することを承認している。/これらの権利の行使として、日本国は、その防衛のための暫定措置として、日本国に対する武力攻撃を阻止するため日本国内及びその附近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する」
 この条約文は英文からの翻訳である。「これらの権利の行使として」の英語原文は「In exercise of these rights」であり、途中まで日本側はそれを「これらの権利の行使に当って」と訳していた(外交史料館、「対日平和条約及び日米安全保障条約締結関係」史料)。いずれによっても、「これらの権利」のうちに集団的自衛権が含まれることは文理上明らかで、その「行使」が表明されていることも疑いない。戦後日本がはじめて「交渉」にもとづき締結した条約では、わが国による集団的自衛権の「行使」が明確に謳われたのである。
 西村熊雄氏の回顧によると、当時、集団的自衛権を謳う条約と憲法第九条との関係は、国内で「深く論議されなかった」。実際、当時の批准国会「会議録」(速記録)に当ってみても、日本社会党、共産党による条約反対の声の大きさは印象的だが、個別的・集団的自衛権の「行使」が謳われたことに異議を唱えたり、その意味を詮索したりした議員はひとりも見当らない。「行使」の文字が入ったことを野党勢力もなんら問題視しなかった。こういう事例に照らして、一九七二年の前掲「資料」文書がいうように、政府の立場は、憲法に照らし集団的自衛権行使は許されないと、「従来から一貫」していたわけではけっしてない。
 だからであろうか、この「資料」文書では、わが国の集団的自衛権保有を確認した条約・宣言類が列挙されたのに、その「行使」まで謳った旧日米安保条約だけは、その種の文書に挙げられていないのである。むろん右「資料」が出された時代には旧安保条約は現行安保条約に席を譲っていたから、それが列挙からはずされた理由だということなのだろう。しかし、だからといって、わが国の集団的自衛権の「行使」に言及した条約がかつて存在したという歴史的事実が消せるものではない。
 私はじつは右の事実を三月十一日、『産経新聞』の「正論」欄で指摘した。これに対しては、旧安保条約前文ではわが国が「わが国の防衛のための暫定措置として、わが国に対する武力攻撃を阻止するために」米軍の駐留を希望する旨が謳われたのであって、米国に対する武力攻撃についてわが国が実力をもってこれを阻止するといったことが前提されておらず、ゆえに条約前文の文言を根拠に、わが国が集団的自衛権の行使を表明したとの見解は採れない、との指摘もあろう。それでも、私は自説を変える必要を認めない。なぜなら、右の引用カッコ部分が米軍駐留の目的記述でしかないことは文理上明白であり、それがあるからとて、「これらの権利の行使として」という文言が消えるわけではないからである。
 もっとも、四十五年も前の集団的自衛権「行使」の文言が、今日――より正確には一九七二年以降――の意味での「行使」と同義だなぞと主張するつもりはない。旧安保条約前文冒頭で悲痛にも述べられたように、平和条約発効の時点でなお武装を解除されていたわが国は、「固有の自衛権を行使する有効な手段を持たな」かったのである。わが国をどう守るか、というより、駐留米軍にいかにして確実にわが国を守らせるかに知恵を絞った吉田茂首相以下が、一九六〇年流に「米本土に出ていって米国を守る」とか、今日流に「米国に対する武力攻撃についてわが国が実力をもってこれを阻止する」とかの前提で集団的自衛権行使を考えたか否かと問うこと自体、むしろ馬鹿げている。重要なのは、当時は当時で、異なった意味合いでの集団的自衛が追究され、そのための「有効な手段」を欠いていてなお、集団的自衛権の「行使」が言及された事実である。前掲論文以外にも『安全保障条約論』、『サンフランシスコ平和条約』の著作を遺した西村熊雄氏が繰り返し述べているのは、日本の防衛のため国連憲章第五一条による集団的自衛の関係をなんとしても日米間に設定したかったのに、自衛のための「有効な手段」を持たない日本とのあいだにそんな関係の設定はできないと米国により蹴られたことの無念さである。それでも条約締結直後に、わが外務省は米国務省につぎのような見解文書(原文英語)を手交した。
 「・・・その場合、対日武力攻撃は在日米軍に対する武力攻撃をも構成するから、米国はその自衛権を行使中であろう。この場合、日本もまたその自衛権を行使するであろう。かくて実際上、米日間に『集団的』自衛の関係が生まれる。かかる関係が前文で明文的に表明されるのがよいとのわが方の示唆は拒絶された。しかし、わが方の思料するところ、これは、事実上の集団的自衛の関係が米国政府にとり受け容れられないことを必ずしも意味していない」(外交史料館、「日米安全保障条約締結交渉関係」史料)
デュープロセスの前後関係
 政府の今日的な集団的自衛権解釈に凝り固まった面々は、こういった主張にむしろ当惑するだろう。対日武力攻撃の際に米国はその集団的自衛権を行使して日本防衛に当るが、日本はその個別的自衛権を行使するまでであり、いずれにせよわが国には集団的自衛権の行使が「一切」許されないのだから、「日米間に集団的自衛の関係を明定」するなぞと口走ること自体があらぬ疑惑を呼ぶ、そんなヤバイことを叫ぶな、ということになろう。だが、それは今日の論理であり、状況がちがった四十五年前の論理ではない。往時の論理が今日からするといかに不都合であろうと、それが存在した事実は消せない。だから、一九七二年という時点で政府の立場は、「従来から一貫して・・・」なぞといった「資料」文書が出され、それが拳々服膺されてきたことのほうが問題なのである。真実はといえば、集団的自衛権の「行使」をめぐる政府見解は一九五一年の理念的肯定から六〇年の潜在的な限定的肯定を経て、今日(?)の「一切」拒否まで大きく変遷してきたのである。それを認めないのは、先人の心苦への軽視、そして過去への冒涜ではあるまいか。
 今日、政府見解とは実質的に内閣法制局見解である。その内閣法制局内部には、先述したように「集団的自衛権という概念は、自衛権概念の濫用」と見る傾向と並んで、集団的自衛権についての憲法解釈の変更を求める声があるのを強く警戒し、必要な際に採られるべきは解釈改憲ではなく「デュープロセス」としての憲法改正の道だとの固い考えがあるやに伝えられている(中村明、前掲書、一七〇ページ)。そういう考えは一般論としては正しい。しかし、この一般論を個別の現実ケースで主張できるかどうかは、別問題である。集団的自衛権解釈のケースでは、少なくとも次の三条件が満たされていなければなるまい。
 いうまでもなく、第一には現行憲法解釈が法理、論理的に欠陥なきことである。第二には、政府の立場が「従来から一貫して」いること、つまり、過去に遡って現行の憲法解釈の不易性が立証されることである。第三には、外に向けてデュープロセスを踏むよう要請する以上、それに先行して法制解釈機関としてのデュープロセスが尽されていることである。
 私見では、この三条件は残念ながら満たされているとはいいがたい。個別、集団の両様の自衛権の行使を量的格差ある事象として捉えるのは、論理としておかしい。集団的自衛権をめぐる政府解釈は、国内政治状況を反映して一九七〇年代初頭までは大きく変り、それ以後には硬直化したのである。そこに「一貫」性、不易性を見ることはできない。そのかたわら、「国際法上は保有し、憲法上は行使不可」という前に、わが国は集団的自衛権を憲法上そもそも有するのかと問うと、そんな「観念的な議論」は無意味といわんばかりの、法制解釈らしからぬ答弁があるのみである。法制解釈機関としてのデュープロセスは迂回されている。ゆえに、法制解釈機関が政治と国民に向けて、集団的自衛権肯定のために解釈改憲なる政治的手法を考えたりせず、正面からの憲法改正というデュープロセスを歩めと勧告することには、無理がある。少なくとも、ふたつのデュープロセスには前後関係のあることが理解されなければならない。
佐瀬 昌盛(させ まさもり)
1934年生まれ。
東京大学大学院修了。
成蹊大学助教授、防衛大学校教授、現在、拓殖大教授・海外事情研究所長、防衛大名誉教授。
 
 
 
 
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