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2000/05/24 読売新聞朝刊
[改定40年・安保の課題](2)ガイドライン 運用体制の整備急務(連載)
◆政治の現状を映す「遅れ」
 米国防総省のウォレス・グレグソン・アジア太平洋部長(海兵隊少将)は今月三日、ワシントンを訪れた自民党の久間章生・元防衛庁長官らにこう語った。
 「憲法改正などの日本側のビジョンを踏まえ、日米安保関係を発展させたい」
 グレグソン少将の発言は衆参両院に憲法調査会が設置され、論議が進んでいることを踏まえたものだ。
 〈憲法上の制約で日本が行使できない集団的自衛権の問題もいずれ真剣に論議される。集団的自衛権の行使が可能になれば、日本周辺有事で自衛隊と米軍の共同作戦行動が本格的に可能になる〉
 同少将の発言には、こんな米軍の期待がにじんでいた。
 とはいえ、憲法論議は緒についたばかりであり、現状では、日米防衛協力の指針(ガイドライン)関連法に基づく米軍への支援は「戦闘地域と一線を画し、武力行使と一体化しない」ことが前提となっている。
 米側には「日本が一足飛びに集団的自衛権の行使にまでいくのは無理にしても日米が同盟国として一緒に働ける体制は少なくとも作らないといけない」(国防総省幹部)との思いが強い。
 その試金石がガイドライン関連法に基づく体制の整備だ。が、現状は極めて心もとない。
 例えば、米軍のために日本国内のどういう空港や港湾を使うかといった相互協力計画の策定が遅れていることだ。緊急を要する課題だが、日米の制服組で作る共同計画検討委員会は一九九九年十二月の第四回会合以降、開かれていない。
 これは、防衛庁内局の文官と自衛隊の制服組とで意見の隔たりが大きいためだ。文官側では「周辺事態は地理的概念ではないので、施設名を特定できない」との考えが大勢だが、制服組は「使用する空港や港湾などの具体名を明記しなければ、計画の実効性がない」と主張している。佐久間一・元統合幕僚会議議長は「米軍がどの港を使い、港から基地までどの道を通ってどうやって物資を運ぶか、分単位で計算しておく必要がある。これを決めておかないと相当の混乱が起こる」と指摘する。
 協力計画を実施に移すため、関係機関と調整を行う「調整メカニズム」の設置も日本側の都合で遅れている。調整メカニズムを構成するメンバーをめぐり、外務省と防衛庁が主導権争いをしていることが原因だ。
 在外邦人を救出するための日米間の非戦闘員退避活動(NEO)の協定締結も、九七年のガイドラインで必要性が盛り込まれたものの、暗礁に乗り上げている。米側が秘密協定を求めているのに対し、日本側は「国会承認が必要なため、秘密協定は困難」と主張しているためだ。
 在韓米軍は九九年三月、韓国に住む米国の非戦闘員を在日米軍基地に退避させる訓練を韓国・米軍烏山(オサン)基地と福岡空港などの間で実施した。防衛庁幹部は「米軍から日米合同で訓練を実施してはどうかと打診があったが、協定が未整備のため、立ち消えになった」と明かす。
 自治体の理解もカギになる。米側が「その象徴」としているのが、神戸港だ。「朝鮮半島有事の際、米国の物資を神戸港に陸揚げし、陸路で日本海側に運ぶケースもある」(軍事筋)と想定しているためだが、それだけではない。神戸市は一九七五年、入港するすべての艦船に非核証明書の提出を求める「神戸方式」を採用し、米艦船がこの二十五年間で一度も神戸港に入港していない。このため、米側には「神戸で風穴をあけることが重要」との意識も強い。
 こうしたガイドラインの実施体制の遅れには、政治の現状が投影している点も否定できない。防衛庁幹部は「衆院選を控え、タカ派的な政策を嫌う公明党の機嫌を損なうようなことは、とても手をつけられないのではないか」という。
 日米安保の真の強化のために、内閣はもとより各政党も、ガイドラインに基づく体制の整備を急ぐ必要がある。
 
 
 
 
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