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1999/03/25 読売新聞朝刊
[社説]防衛法制の欠陥が露呈した
 
 漁船を装った二隻の不審船が、日本の領海を侵犯したうえ、警告射撃や停船命令を振り切って北朝鮮方向へ逃走するという事件が起きた。極めて遺憾である。
 政府は海上自衛隊に初めての「海上警備行動」を命じた。事件の経緯から見て当然の措置である。だが、その発令も結局は十分な効果を発揮できず、日本の危機管理体制の甘さを、またもや露呈した。
 今のところ北朝鮮の工作船ではないかとの見方が有力だ。事実だとすれば、核開発疑惑や弾道ミサイル発射で国際的な批判を浴びている北朝鮮が、この地域の大きな不安定要因であることを、裏付けるものだ。事実が判明した段階で、米韓両国と連携して厳しい外交措置を講じるべきだ。
 海上保安庁の巡視船や航空機、さらには海上自衛隊の護衛艦、哨戒機まで動員しながら、不審船の逃走を許したことは、安全保障上、深刻な事態だ。
 最も重く受け止めなければならないのは現行法制では、こうした緊急事態に実効ある対応ができないという現実を、見せつけられたことだ。
 海上警備行動における自衛隊の武器使用には、警察官職務執行法の規定が準用される。つまり、正当防衛か緊急避難などの場合以外は、人に危害を加えない範囲でしか使用が認められないという制約がある。今回も相手が攻撃してこなかったから、警告射撃しかできなかった。
 これが強制的に停船させることができなかった大きな原因である。日本側の対応をあざ笑うかのような不審船の逃走は、こうした法制の不備を見透かしたうえの行動と見ることもできる。
 かねて問題になっている点でもある。早急に法制を見直すことが必要だ。
 領海侵犯の場合、自衛隊は海上警備行動の発令がない限り、海上保安庁に情報を提供するだけで警察活動はできない。これも緊急時における自衛隊の機動的な対応を妨げている。
 現に今回、巡視船が威嚇射撃を行っている時も、護衛艦や哨戒機は手出しが出来なかった。こうした反省に立てば、海上保安庁や警察力では対応しきれない、外国からのテロやゲリラ活動などを想定した「領域警備」を、自衛隊の活動に新たに加えることも検討すべきである。
 もちろん今回の事件では、政府、関係省庁の対応の遅れも目についた。自衛隊機が最初の不審船を発見してから、それを海上保安庁に連絡するまでに約六時間もかかっている。自衛隊に海上警備行動が発令された時は、巡視船による追跡が始まってから約十二時間もたっていた。
 種々の事情があったのだろうが、「もう少し手際よく対応しておれば」との印象は、どうしてもぬぐいきれない。
 同時に、追跡した海上保安庁の巡視船が不審船に高速で振り切られた事実からすれば、巡視船の装備や能力の向上なども今後の課題だろう。
 緊急事態に即応できる法制と体制の整備は、国として最低限の義務である。
 
 
 
 
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