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1995/07/02 読売新聞朝刊
[社説]「主張」を語り始めた防衛白書
 
 この一年間に自衛隊を取り巻く国内環境はすっかり様変わりした。最大の変化は、「自衛隊は違憲」と言い続けてきた社会党の党首を首相とする政権が誕生し、しかも、その村山首相の一声で社会党が「自衛隊合憲」へと路線転換したことだ。
 阪神大震災の被災地での救援活動に代表される災害派遣や国連平和維持活動(PKO)への参加などによって、国民の間に自衛隊への信頼感が大きく広がったことも、見逃せない。
 今や、自衛隊はほとんどの政党から「認知」され、国民の「信頼」や「期待」をはらんだ“風”も吹き始めている。一方で、冷戦終結以降の、新たな国際情勢に対応できるわが国の防衛のあり方も依然、問われ続けている。
 九五年版の防衛白書は、こうした“風向き”の変化を敏感にとらえ、前向きの「自己主張」を随所ににじませた点が特徴だ。防衛庁も「防衛論議を発展させる材料を積極的に提供したい」と説明している。
 防衛白書といえば、過去の国会答弁や政府見解に神経質になりすぎたり、野党の追及を恐れたりするあまり、無味乾燥な“守り”の記述になりがちだった。来年以降も「モノを言う」白書を作って欲しい。
 自衛隊や防衛政策の今後の課題について今回、わざわざ一章を設けて具体的な問題を提起しているのは、こうした脱・消極姿勢の表れだ。
 「防衛のあり方について、さらに積極的に検討を進める必要がある」「国際社会において安定的な安全保障環境の構築に向けた幅広い役割が求められている」
 白書はこう述べたうえで、「信頼性の高い効率的な防衛力の維持と質的改善」をめざす考えを強調しながら、短絡的な防衛力縮小論にクギを刺している。
 PKO協力法の平和維持隊(PKF)本体業務の凍結解除についても「各種の教訓・反省事項や各方面からの指摘を踏まえつつ、十分に議論を尽くす必要がある」との表現で、前向きの議論を求めている。
 これらの問題提起は、いずれも基本的にうなずける内容だ。各政党とも真剣に受け止め、議論を発展させるべきだ。
 阪神大震災への救援派遣や地下鉄サリン事件での化学防護隊の出動で、自衛隊への信頼感、親近感は確かに高まった。
 白書も、「災害派遣」の記述に一節全部を割くという異例の扱いをしている。
 ところが、一連のオウム真理教事件への自衛官の関与問題となると、わずか八行の、あっさりした小さな囲み記事だけで済ませているのはどうしたことか。
 この事件で逮捕、懲戒処分されたり、手配された現職、元自衛隊員は計十人にものぼっている。国の平和や国民の安全を守るのが任務の自衛隊に、国家転覆をも意図した反社会的な犯罪に加わった隊員がいたことは極めて重大な事態だ。防衛庁には、そうした危機感や反省がないのだろうか。
 防衛庁や自衛隊に都合のいいことだけを書く白書では、せっかく積み上げてきた信頼も失われてしまう。
 
 
 
 
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