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1990/08/31 読売新聞朝刊
[踏み出した日本](中)未知の事態の解答模索 自衛隊派遣が難問(連載)
 
 三十日朝、石原信雄官房副長官はふだんより三時間近くも早く、午前五時半に川崎市の自宅を出た。海部首相のもとには、同六時前に橋本竜太郎蔵相から電話が入った。七時過ぎから急ぎ首相公邸で開かれた協議で、多国籍軍への十億ドル支出が決まった。
 「具体的数字を示したことで各国にわが国の努力も評価されると思う」
 坂本三十次官房長官は、午前の記者会見で、わが国の湾岸貢献策に不満を持つ米国の「圧力」は否定しながらも、米国へ配慮したことをうかがわせた。
 米国の不満は、十四日にブッシュ大統領が海部首相に直接電話で要請したにもかかわらず、貢献策とりまとめが遅々として進まず、しかもその内容が「不十分」(政府当局者)なことにあった。その原因が「わが国では、こういった緊急事態に備えた法体系が整備されていない」(小沢自民党幹事長)ことにあったのはいうまでもない。
 当面の貢献策がようやくまとまり、首相が二十九日の記者会見で言及した「国連平和協力法」(仮称)など法制面の整備に注目が集まっている。首相の構想は緊急事態にスピーディーに対応しようというものだ。
 貢献策とりまとめに至る過程で、米国の意向を忖度(そんたく)した外務省は、当初自衛隊の掃海艇派遣や災害時を想定した国際緊急援助隊派遣法の適用なども含め幅広く検討を進めた。しかし、掃海艇派遣は、今回のように敵がイラクとはっきりしている状況では、公海上といえども掃海作業を行えば武力行使となり、憲法の禁止した集団的自衛権に抵触しかねない、との判断で見送られた。
 援助隊派遣法も軍事紛争には適用できないとの結論で落着。また医官を念頭に、武力行使を伴う海外派兵とは異なり、憲法上は認められるとされる自衛官の海外派遣も「自衛隊法に任務規定がない」ことを理由に断念せざるを得なかった。
 貢献策として打ち出された民間機や船舶の供与も、集団的自衛権の行使と表裏一体の武力行使につながりかねない武器や兵員輸送は対象としないとの枠がはめられ、結果的には、武力行使を伴わないので憲法上も問題ないとされた多国籍軍への資金提供などごく限られたものにとどまった。
 法整備を目指す首相らの狙いは、国連の平和維持活動への協力を大義名分に、こういった袋小路に活路を見いだすことにあるが、この中で最大の論点になると見られるのが、自衛官の取り扱いだ。
 政府・自民党内では「民間人に大変なところに行ってもらうのに、自衛官が行けないというのでは話にならない」(自民党首脳)との声が広まりつつある。「医療や輸送など後方支援ぐらいはできるようにすべきだ」というわけだ。
 しかし後方支援といっても、内閣法制局などには「武力行使はしないとはいえ、軍隊活動の一部と見なされると、集団的自衛権の行使に抵触しかねないとの論議は出てくる」と指摘する声もある。また、憲法はクリアできても、自衛隊法の改正問題や丸腰で派遣するのかといったような具体的問題も残されている。
 同時に、これまでなかった国連憲章に基づいた国連軍が正式に発足した場合への対応という難問も控えている。正式の国連軍となれば、加盟国としてわが国もそれなりに協力する義務を負うことになる。
 この際、海外派兵の禁止も含む「戦争の放棄」の憲法九条と、国際法規の順守義務を定めた同九八条との関係をどう判断するのか。小沢幹事長の「現行憲法下でも自衛隊の国連軍参加は可能」との問題提起もある。これらは、いまだ本格的に論議されたことはなく、国連中心主義を掲げる社会党も含め、政治に突きつけられた課題だ。
 
 
 
 
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