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1990/04/21 読売新聞朝刊
米の「アジア・太平洋戦略構想」 要求具体化に備え、望まれる自主判断(解説)
 
 日米安保体制が流動的状況にあるなかで、米政府は今後十年間を視野に置く「アジア・太平洋戦略構想」を打ち出した。この構想は今後どんな具体的展開を見せるのだろうか。
(解説部 原田 アキラ)
◆近隣諸国への配慮も
 アジア・太平洋地域で米国は、今後もニラミ(前方展開戦略)をきかせるが、在日米軍の兵力は減らす。でも日本側は、その経費負担を増やしてほしい。米国の武器をもっと買って下さい。自衛隊のハイテク化をさらに進めなさい。ただし、ご近所の国々をおびやかすようなことはいけません。
 −−と、同戦略は、日本側に注文をつけたり、クギを刺したり、今世紀最後の十年について、盛りだくさんの項目を並べている。
 一方、日本側は、平成二年度で終わる中期防衛力整備計画(中期防)を受け継ぎ同三年度から五か年計画の次期防を発足させようとしている。そして、さらに次々期防へと進み、より質の高いハイテク自衛隊を目指そうとしている。
 つまり、安保体制のもとで、日米両国は「今世紀最後の十年」を共有することになるが、そのスタート時点で、米側がすかさず先制パンチを放ったかたちだ。
 日本側の受けとめ方は、いまのところ慎重である。だが、北東アジアの軍事情勢に関する認識では、日米ともに一致している。たとえば、「戦略構想」の冒頭で、米国は「ソ連海空軍の近代化は脅威」などとしているが、これについて、二十日の記者会見で石川防衛庁長官は「日米の立場、役割は違っても、そんなに差はない」と表明した。
 このような「共通認識」のもとで、米側の「注文」は次期防以降どう具体化してくるのだろうか。
 代表的なケースとして「洋上防空態勢の強化」が挙げられる。すでに日本側は中期防で、米国の最新防空システム「イージス」を導入、これを備えた大型ミサイル艦二隻の建造計画を進めている。ソ連海軍の長射程ミサイル搭載爆撃機が、太平洋の海上交通路をおびやかす可能性に対処する措置だが、広い洋上で日本から一千カイリまでの範囲をカバーするにはまだ不足、と米側は「追加注文」を要請してくると思われる。
 日本本土から進出して洋上パトロールする戦闘機の「足」を伸ばす空中給油機、洋上の広い空域をレーダー監視する大型早期警戒機−−なども、中期防では「検討課題」となっていたが、早く検討をすませて買ってほしい、と催促されそうだ。
 先立って、日本は最初のハイテク化計画として七〇年代後半から十数年にわたって米国の戦闘機「F15」、対潜哨戒機「P3C」を導入して来た。中期防最終年度(平成二年度)で、やっと一服したが、次期防では米側は、より速いテンポでの導入を求めるのは必至だろう。
 だが、日本には日本の事情がある。自衛隊にとって次期防での“最大脅威”は人手不足だ、といわれるくらい隊員募集難にあえいでいる。在日米軍の宿舎は、日本側の負担でゆったりとした間取りのものが次々できるが、自衛隊宿舎はその半分の面積。そんな状態で若者を自衛隊に呼びこめますか、という担当者の声もある。
 ハイテク装備や在日米軍経費増額も結構だが、冷や飯を食わされていた給与や福祉厚生面もお忘れなく、ということである。
 内外からのさまざまな注文をどうさばき、調整するのか。近隣諸国への配慮も考える必要がある。ハイテク化を純軍事的論理だけで推進すれば、空母や原潜構想にまで突っ走りかねない。確固とした歯止めが望まれよう。
 自衛隊は、冷戦の頂上期にあった昭和二十五年に前身の警察予備隊が発足し、冷戦構造崩壊のいま、満四十年を迎えた。日米安保体制のもとで、ほとんど米国の“丸抱え”といっていいほどの援助を受けて育った「幼少年期」を経て、「不惑の年」に至ったわけである。
 年相応の判断をしてほしい時期である。米側の「戦略構想」を「自主的な立場で検討する」(石川長官)という防衛当局の今後の対応を見守りたい。
 
 
 
 
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