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1990/06/14 毎日新聞朝刊
[安保30年目の変質]/3 揺れる外務省
◇「冷戦終結論」の台頭 新たな意義付け急ぐ
 「日米安保条約を廃棄した日本は、再び世界の孤児となる道を歩むことになる」
 外務省の安全保障政策にかかわる有力幹部が、いまひそかに「安保廃棄後の日本」という論文をまとめようとしている。「匿名」を条件に、近く公表するという。その「構想」は、なかなか衝撃的である。
 「国民は非武装中立や軽武装は選択せず、必ず重武装に傾く。防衛費は現在の国民総生産(GNP)比1%程度から一挙に数倍になり、アジア・太平洋諸国の警戒心は極度に強まる。日米関係は険悪化、日本の基地を撤退した米国は、アジア・太平洋地域でのプレゼンスを維持しようと中国に基地を求める。ソ連も日本の脅威に対抗して、米中と手を結ぶ。むろん、膨大な対米輸出は望むべくもない」
 日本の原潜が“独立”をし、米ソと対決、日本が孤立化の道を歩むという、人気コミック『沈黙の艦隊』(かわぐち・かいじ作)の向こうを張ったような「日本破滅のシナリオ」。しかし、その狙いは安保をなくした時の日本を取り巻く国際情勢を描くことによって、逆に安保条約の必要性を訴えることにある。
 昨年暮れのマルタでの米ソ首脳会談で「冷戦の終結」が宣言された。が、日本政府はまだ「冷戦が終結した」とは見ていない。戦後の国際政治の基本的枠組みは崩れたが、新しい国際秩序は形成されておらず「氷が解け始めた時が最も危険」(サッチャー英首相)との認識である。だからこそ「いささかも変化しない日米安保体制の意義を、どのようにわかりやすく国民に説明するか」(中山外相)が、目下政府の大きな課題とされている。
 欧州では北大西洋条約機構(NATO)、ワルシャワ条約機構の見直し、政治同盟化が進みつつある。日米安保についても、米ソ冷戦が終結した以上、政治、経済的側面を重視する見直しや廃止が必要なのではないか、との議論がジャーナリズムや識者の一部から出始めている。これらの議論に有効な反論が構築できていないのではないか、という危機意識が実は政府・外務省にはある。
 ソ連・東欧の劇的な変革を受け外務省は一月末、内々に日米安保の意義についての論理の見直しに着手。五月一日「日米安保条約の今日的意味について」との文書が一応まとまった。それは限られた幹部用の参考資料とされ、公表されていないが「ソ連の潜在的脅威は不変で抑止力は必要」など四つの側面から、安保の必要性を強調している。
 目新しいのは「強固な日米同盟を背景にしなければソ連との積極的対話は不可能」として、対ソ安保政策で「抑止と対話」路線を提唱したこと。NATOが中距離核(INF)配備を進める一方で、ソ連との間で削減交渉を行うことを決めた、いわゆる「二重決定」(一九七九年)を念頭においたものだ。さらに安保条約が、日本が軍事大国化しないための基盤であることを明確に位置付けた。「日本の軍事大国化を防ぐためにも在日米軍駐留は必要」という「瓶のふた」論を追認した形だ。
 「日米安保条約なくして今日のような緊密な日米関係は存在しない」。松浦北米局長が同文書の最終稿にそう加筆した。「日本側からの安保条約の破棄は米国に『第二の真珠湾』との印象を与え、日米関係を決定的に悪化させる」との考えからだ。日米経済摩擦の激化もさることながら、外務省OBの浅井基文・日大教授らが「安保を廃棄しても日米友好は保つことができる」と主張していることを強く意識したものでもある。
 「アジアの問題は複雑であり、欧州のバリエーションをそのまま適用することはできない」。今月三日深夜、米ソ首脳共同会見でのゴルバチョフ・ソ連大統領の発言をテレビで凝視していた外務省幹部は小躍りした。大統領の真意はともかく、「欧州とアジアは違う」との政府の認識に近い発言と受け止めたからだ。海部首相は翌四日からの参院予算委の集中審議で「あのゴルバチョフ大統領も言っておられるではないか」と繰り返し、防衛費削減やアジア地域での軍縮対話を求める野党議員の追及をかわした。
 しかし外務省に近いとされる中西輝政・静岡県立大教授でさえ「米国が冷戦戦略に代わる新世界戦略を打ち出そうとしているのに対し、日本政府には安保を守ろうとする守旧の発想しかない」と指摘する。戦後世界の枠組みが音をたてて崩れ、米ソ、欧州各国が“世界再編”に動こうとしているときに、日本の政府はひたすら「安保の変わらぬ意義」を守ろうと、腐心しているのだ。
(政治部・冠木雅夫)
=つづく
 
 
 
 
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