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2003/06/10 毎日新聞朝刊
[クローズアップ2003]イラク復興特措法・自衛隊派遣 米国に配慮、見切り発車
 
 政府は9日、与党3党に「イラク復興特別措置法案」の概要を示した。イラクでは、戦闘が完全に終結しておらず、だれが統治しているのかもはっきりしない。新たな条件下で自衛隊を送り込むにしては、法案はいくつものあいまいさを抱えている。武器使用基準の緩和は、国会審議に時間がかかるとの懸念から見送られ、受け入れ国の同意は国連決議で代用された。調整が難しい課題を避け、早期成立を優先させた法体系からは、国会の延長絡みで神経質になっている与党と、イラク復興への協力を期待する米国への配慮が浮かび上がる。
【前田浩智、古本陽荘、堀井恵里子】
◇武器使用、議論避け 期限4年、野党と妥協の余地
 法案では、自衛隊を派遣する際の武器使用基準の緩和は見送られた。
 政府は「自衛隊が活動するのは、非戦闘地域だけ」と説明し、戦闘に巻き込まれる可能性を否定するが、イラク国内では依然、散発的な戦闘が発生している。
 現にアフガニスタンでは7日、国際治安支援部隊のバスが爆破され、派遣されていたドイツ兵4人が死亡、29人が負傷した。福田康夫官房長官も9日の記者会見で「安心できる状況じゃない」と認めざるを得なかった。
 イラクでも同様の危険が予想されるため、政府・与党内にも「自衛隊をイラク国内に派遣する際には、基準を緩和すべきだ」という声があった。結果的に法案が武器使用基準の緩和まで踏み込まなかったのは、防衛政策上の判断よりも、国会での議論が長引くのを避けた国会対策上の戦略という側面が大きい。
 政府関係者は9日、イラク国内に入っていた政府調査団の報告として「バグダッドから南部の地域では治安が改善している」と語った。法案概要では「活動期間を通じて戦闘行為が行われないと認められる地域」と規定されているため、自衛隊の派遣はバグダッド以南となる見通しだ。
 法案では、イラク戦争のきっかけになった大量破壊兵器の処理支援も業務に盛り込まれた。「いずれニーズが発生する。その時に法改正する政治的混乱を避けたい」との判断からだ。
 ただ、現時点では大量破壊兵器が発見されておらず、処理を行う根拠となる国連決議も存在していない。与党幹部は「当面は行わない」との説明でかわそうとしているが、国会審議で論議の的になるのは必至だ。
 法律を4年間の時限立法としたのも、イラク特措法案の特徴だ。2年間の時限立法でスタートしたテロ対策特措法が今年11月に期限切れを迎え、延長を迫られる事態になったという事情もあるが、それ以上に今後予想される民主党との修正協議のために、妥協の余地をあらかじめ残して長めに設定したという側面があるようだ。
 「テロ対策特措法が2年ですから、それを2倍して4年ということで、それほどの根拠はない。私は5年もいいかと思ったんですけどね」。福田康夫官房長官は9日午後の記者会見で、「4年」という数字に強くこだわらない姿勢を示した。
 自民党の青木幹雄参院幹事長は民主党の協力を得るよう主張。早期成立をにらみ、民主党との修正協議が今後行われる見通しだ。
◇海外派遣要件は緩和
 武器使用基準については緩和を見送ったイラク復興特措法案だが、派遣要件は他の自衛隊派遣法よりも緩く設定されている。
 自衛隊の海外派遣を可能にする法律のうち、92年施行の国連平和維持活動(PKO)協力法には、(1)紛争当事者間の停戦合意(2)受け入れ国の同意(3)活動の中立性――など参加5原則が盛り込まれ、派遣要件は最も厳格だった。
 01年施行のテロ対策特措法は、戦時下であるアフガニスタン本国への派遣は想定せず、周辺国に派遣する際の「受け入れ同意」要件が盛られていた。これに対しイラク特措法案は、イラク周辺国での活動には「同意」要件を残したものの、政権が崩壊しているイラク国内で活動する場合は占領統治主体である英米の同意だけで可能な法体系になっている。
 法案には自衛隊の活動として3分野が示されているが、実際には、治安維持を行う多国籍部隊への後方支援が自衛隊活動の中心となりそうだ。
【上野央絵】
■自衛隊を海外に派遣する根拠法の比較■
  PKO協力法 テロ対策特措法 イラク復興特措法案
海外派遣の要件 停戦合意、受け入れ国の同意、中立性 受け入れ国の同意 イラク国内は米英の同意、周辺国は受け入れ国の同意
活動内容 (1)放棄武器の収集など本体業務
(2)被災民救援、輸送など後方支援
(1)多国籍軍の後方支援・捜索救助
(2)被災民支援
(1)多国籍軍の後方支援
(2)被災民救援
(3)大量破壊兵器処理の支援
国会承認 事前 派遣命令後20日以内 派遣命令後20日以内
◇不満高まる現地、難題多い後方支援
 イラクでは、暫定政権作りが遅れ、米軍の長期駐留に対する国民の不満が高まっている。日本政府の人道支援や治安維持のための後方支援には難題も多い。
 米政府は当初、5月末にイラク人による暫定政権を樹立する計画だった。しかし、影響力を残したいとの思惑から、今月に入ってイラクの米英占領当局は、米英両国が強力な権限を維持する形での新政権樹立という方針に切り替え始めた。
 今月に入って米兵を狙った攻撃が相次いでいるほか、バグダッドでは3日、数千人の住民が米軍の女性に対する身体検査に抗議してデモを行った。イラクの有力部族長は6日、米軍の占領が長引けば、米政府は困難に直面するだろうと警告。自衛隊が治安維持を目的に米英軍の後方支援に当たった場合、イラク住民の反発が日本政府に向かう可能性もある。
【アンマン小倉孝保】
◇イラク復興特別措置法案の概要
■目的
 国連安保理決議1483号等を踏まえ人道・復興支援活動等を行い、イラク国家の再建を通じて国際社会の平和、安全の確保に資する。
■基本原則
1 対応措置は武力による威嚇または武力の行使に当たるものであってはならない。
2 「現に戦闘が行われておらず、かつ活動期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる地域」で実施する。
3 外国で活動する場合、当該国の同意がある場合に限る。イラクの場合は、イラクで施政を行う機関の同意で可能。
■対応措置
 人道・復興支援活動▽安全確保支援活動▽大量破壊兵器等処理支援活動
■基本計画
 活動内容、実施区域の範囲等を規定した基本計画を閣議決定する。
■国会との関係
 基本計画の決定、変更、終了時には国会に報告する▽自衛隊による措置の実施は、20日以内に国会の承認を求める。
■対応措置の実施等
 自衛隊が対応措置を実施する際は、武器・弾薬の提供、戦闘のために発進準備中の航空機への給油・整備は行わない。
■武器使用
 自己または自己と共に現場に所在する者、自己の管理下に入った者の生命・身体を防衛するための武器使用が可能。
■その他
 施行後4年で失効。延長可能。
 
 
 
 
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