日本財団 図書館


1990/12/23 毎日新聞朝刊
[社説]脱冷戦の理念を欠く次期防
 
 来年度から向こう五カ年の次期防衛力整備計画が正式に決まった。総額は二十二兆七千五百億円で、年平均の実質伸び率は三%程度になる。
 次期防の決定は、単に五年間の防衛支出の総枠を設ける意味をもつだけでなく、冷戦終結への国際情勢の変化を踏まえて、今後の防衛政策をどのように進めていくかという安全保障の根幹にもかかわっている。アジア近隣諸国をはじめ世界の国々が日本の姿勢を見守っているはずだ。
 年内決定にこだわらず、国際情勢や防衛政策の理念、防衛力の整備目標をじっくり検討するよう私たちが主張してきたのはそのためだ。米ソをはじめ世界の多くの国が軍縮や国防支出の削減へカーブを切っていることを考えれば、「次期防を防衛政策の転換点にする」(橋本蔵相)という発想が当然求められる。
 その期待は裏切られたといわざるをえない。海部首相は次期防で抑制基調を貫いたことを強調している。確かに、正面装備の伸びを抑え、隊員の生活環境改善など後方分野の充実に重点を置いたり、自衛官の定数を含む防衛力のあり方について検討することをうたうなど、従来の方針からの変化の芽はうかがえる。
 しかし、各国が国防費削減に踏み切っている時に、日本だけが五年間にわたって実質三%の伸びを確保すること自体、すでに世界第三位の防衛支出をさらに突出させ、周辺諸国の不安を招きかねない。
 これまで防衛力増強の実質的な根拠としてきた「ソ連の脅威」がなくなったことは政府自ら認めている。それにもかかわらず、空中警戒管制機(AWACS)の導入をはじめとする防衛力の質的な増強がなぜ必要なのかという点も説得力を欠き、抑制の方向に転換したとはいえない。もっと思い切った防衛支出の抑制、自衛隊の削減・合理化を検討すべきだったと思う。
 政府が防衛力整備の基本としてきた「防衛計画大綱」の水準は、現行の中期防衛力整備計画により、ほぼ達成されるが、その後の次期防の防衛理念や整備目標が明確になっていないのだ。「米ソ両国を中心とする東西関係においては各種の対立要因が存在している」という十四年前の大綱の認識が、いまや冷戦終結の時代にそぐわないことははっきりしている。
 このため、政府内にも国際情勢認識を見直すべきだとの意見が出て、次期防の決定に先立ち、「基本的考え方」を閣議決定し、政府の現状認識を示している。そこでは「東西関係は冷戦の発想を超えて対話・協調の時代に移行している」としたうえで、アジア・太平洋地域にも緊張緩和の動きを認めている。大綱の国際情勢認識の事実上の修正といってもいい。
 しかし、防衛力の規模をはじめとする抜本的な大綱見直しに発展することを懸念してか、大綱そのものには手をつけず、「基本的考え方」をそれとは切り離して閣議決定するというあいまいで不徹底な形をとった。
 この結果、冷戦終結後の初めての重要な防衛力整備計画であるにもかかわらず、明確な防衛理念を欠き、新しい国際情勢に対応する内容とはほど遠いものになった。大綱見直しを検討するにはあまりにも時間がなく、その柱である「基盤的防衛力構想」の是非もほとんど論議されていない。
 また、三年後に見直すにしても、国際情勢が変化している時に長期計画を固定し、毎年の防衛支出を確保することは、文民統制上も問題がある。そうした最も基本的で、国民の理解を得るために不可欠な論議のないまま、決定を急いだのは遺憾である。その結果、今後の防衛政策を硬直化させ、世界の緊張緩和・軍縮の潮流に逆行することを懸念する。
 新しい国際情勢に対応する防衛政策や防衛力整備のあり方について、国会で十分な論議を行い、国民の理解と合意を求めていく必要がある。政府もこれに積極的に応じ、緊張緩和・軍縮を推進する視点を踏まえて、弾力的に練り直していくべきだろう。
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION