2004/01/31 朝日新聞朝刊
自衛隊の不幸な出発 派遣承認(社説)
自衛隊のイラク派遣が衆院本会議で承認された。全野党が採決に欠席し、派遣をめぐる国論の分裂の深さを象徴した。
小泉首相は週明けに陸上自衛隊の本隊をイラクへ送る。戦争の続く地への派遣は事前に国会に諮ることが民主主義の手順だと、私たちは主張してきた。派遣に反対する立場は変わらないが、衆院が出した結論の重みは厳粛に受け止めたいと思う。
だが同時に、まず衆院とはいえ承認したことで、現地での自衛隊の活動やその安全について国会が果たすべき責任がいよいよ重くなったことを、強く指摘したい。
承認を決めた国会での首相や閣僚たちの姿勢や発言は、イラクへの派遣という大事を進めるにはひどく心もとなかった。
首相と防衛庁長官が、派遣先の安全度の判断にかかわる情報をめぐって2度にわたって事実とは異なる答弁をし、撤回や修正をせざるを得なかった。単なる勘違いというより、首相官邸と外務省、防衛庁の連携のまずさが原因だった。
治安状況を調べに行ったはずの陸自先遣隊の報告書の文案が調査を始める前に用意されていた。野党側は文書を示して追及し、特別委員会は度々紛糾した。
自衛隊が襲撃された時、首相が派遣の法的根拠であるイラク特措法を最大限順守して適切な判断をする用意があるのか。このことでも不安はぬぐえなかった。
たとえば特措法では、近くで戦闘行為があれば避難しなければならない。ところが政府答弁で際立ったのは、テロに襲われても戦闘行為ではない、活動は続けるという態度だ。確かに撤収は勇気の要ることだ。しかし、特措法が隊員の安全確保を政府に義務づけていることを忘れては困る。
自衛隊が来れば雇用の場ができる。そんな現地の期待も語られた。だが、雇用の創出は自衛隊の仕事ではないし、むしろイラク全体の復興支援や将来の暫定政権への協力のなかで考えていくべきことだろう。
どこの国でも、兵士を戦地に送る為政者がしなければならないのは、戦争を早く終わらせることだ。自衛隊は普通の軍隊ではないし戦争に行くわけでもない。だが、イラクの秩序を早く安定させ、世界が協調したなかで復興を加速させるための外交は、自衛隊の仕事を助けることにもなる。そんな関心が首相にはうかがわれない。
イラクをどうするかという構想が伴わないまま、自衛隊さえ送ればというのでは、自衛隊にとっても幸いではあるまい。
「国論が二分されていても、政治が決めれば我々は粛々と従う」。陸自の幹部たちはそう語る。私たちも、国民の大勢の支持を背に自衛隊を送り出せる活動ならばと思う。いまの現実が残念でならない。
法律に基づいて派遣を決め、国会も承認した。政府には法律を絶対に踏み外すことなく自衛隊を指揮する義務がある。自衛隊の不幸をこれ以上増やしてはならない。
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