2003/05/28 朝日新聞朝刊
住民保護 演習、誘導は想定外(「日本有事」と自衛隊:上)
ある国の陸軍が、数千人規模で日本に上陸した――。関西地方の陸上自衛隊駐屯地で今年初め、こんな想定の図上演習が行われた。
舞台は、愛知県北部の濃尾平野から滋賀県の琵琶湖沿岸にかけて。約400年前の古戦場「関ケ原」を中心とする地図が、司令部の壁にかけられた。赤いインクで敵の陣地や戦車、装甲車の位置が記入されていく。
「関ケ原の山を奪還せよ」。陸自の指揮官が命じた。岐阜県関ケ原町の一帯に砲撃が加えられる。交通の要衝を奪い、濃尾平野の敵の主力をたたく。住民は「すべて避難済み」との想定だ。
◇自治体に責務
海を越え大規模な地上部隊が上陸してくるようなことは、現時点では考えにくい。演習は、複雑な地形の関ケ原で指揮能力を試すのが目的だ。
有事法制では、住民を守る責務を自治体に課す。いつ起きるとも知れない有事に備え、自治体は住民の避難、誘導を考えなければならなくなる。
陸自の作戦マニュアルによると、師団(7千〜9千人)が陣地などを守る場合、戦場の範囲は敵からみて最小で横5キロ×奥行き15キロ。最大で同10キロ×24キロ。武器の射程などから導き出した。
関ケ原演習に当てはめると、戦場が最小の場合でも関ケ原町など5自治体の約3万6千人、最大で13自治体の約16万人の住居が入る。しかも大砲や戦車は時速約20〜50キロで移動する。住民の避難の距離は、数十キロ以上とみられる。
関ケ原町は、山に挟まれた幅2、3キロの土地に点在する小学校や公園など31カ所を、大規模災害用の避難所に指定している。町総務課の防災担当職員は「町全体が戦場になりそうなら、9千人の町民を町外へ誘導するしかない」。主な避難経路は国道21号と365号。東は岐阜市、西は琵琶湖に抜けられる。
◇混乱どう回避
しかしある陸自幹部は「幹線道路は自衛隊も使いたい。逆行してくる避難住民を押しのけて進むわけにはいかない。誰が、どう混乱を回避するのか」と指摘する。
図上の演習では、指揮官が、山頂の敵に接近しての攻撃を決断。撃破して戦闘が終わった。
想定上の移動経路に住宅や寺がある。住職の川辺禅照さん(60)は「今の戦争はミサイルがぼんぼん落ちてくる。どこへ逃げても同じ。とどまって耐える」という。
全員避難済みが前提の演習には、自衛隊と住民の間に起こり得る問題は想定されていない。
有事関連3法案が衆院を通過した。だが国民保護法制は後回しになった。論議の中で「あいまい」と批判される「有事」や「国民保護」。自衛隊がどんな想定でどう動くのかを検証する。
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