2002/06/03 朝日新聞朝刊
もはや出直すべきだ 有事法制(社説)
有事法制関連3法案をめぐる審議が衆院の特別委員会で続いている。だが、質疑はなかなか深まらない。武力攻撃事態法案のあいまいさや野党の追及の甘さはあるが、そればかりではない。
国民の安全と権利をいかに守るか。自衛隊はどう対処するのか。有事法制はこの二つが両輪となって初めて成り立つ、と私たちは主張してきた。これまでの審議を聴いて、その感はますます強い。
いま出ている法案はもっぱら自衛隊を動きやすくすることに眼目がある。一方で、肝心の国民保護の法案は先送りでは、「いくら質問しても、核心を詰められない」という野党のいらだちも無理はない。
「国民保護法制がしっかりしないと有事法制は完結しない」とは、地方自治体への対応を問われた片山虎之助総務相の答弁だ。「本来あった方がいい」とも述べた。
川口順子外相は「もっと前にできていてしかるべきだったという議論はもちろんあり得る」と認めた。
いろいろ理屈をつけても、要するに不備がぬぐえないのである。会期末が迫った今になっても、政府内からでさえ「なにがなんでも成立させようという気にならない」という声が漏れるのはそのためだ。
であれば、政府として「これで完結」と胸を張れるものを改めて国会に出すのが筋だ。今国会での成立にこだわるべきでないのはもちろんのこと、国民保護や米軍支援などの法案を含め、全体像をきちんと用意して出直すべきである。
現状では、会期を延ばしたところで法案の本質的欠陥は埋まるまい。
中谷元・防衛庁長官は「この国会で一つでも法律を上げていただいたら、それで(自衛隊が)活動できる範囲が広がる」と述べた。
民間人に対する業務従事命令に罰則規定を設けなかった理由について、こう答弁した。「積極的な協力の意思のない方が業務に従事する場合には、かえって自衛隊の任務遂行に支障を及ぼしかねないからだ」
いかに自衛隊優先で考えていることか。
小泉純一郎首相の言う通り、安全保障論議の土台は大きく変わった。与党だけでない、幅広い合意形成の素地はすでにある。
民主党の中野寛成代議士は委員会で、年来の主張である有事法制を審議できる感慨を語った。それでも、「国民をどう守るか、避難してもらうか。これが先に来ない有事法制では、目的を抜きに手段だけ考えていると言わざるを得ない」と指摘した。
与党には法案修正で切り抜けようとする動きもある。だが、できるものから先に、というほど軽々しい問題ではない。残る法案が2年以内に示せるのなら、それまで待つことにどれほどの支障があるだろうか。
改めて全体を見渡したうえで、問題点を直し、大方の国民が納得のいく法整備をめざすべきである。
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。
|