1999/03/14 朝日新聞朝刊
有事法制 「直接攻撃」想定し研究(ガイドライン法案Q&A)
Q 新しい日米防衛協力のための指針(ガイドライン)関連法案が国会で審議入りしたね。「有事法制」という言葉もよく聞くけど、どう違うのかな。
A ガイドライン法案は、日本の近くの国で戦争が起きて、米軍が出動するような「周辺事態」を想定している。有事法制の方は、日本が直接攻撃を受けた「日本有事」の時のために、あらかじめ作っておく法律のことだよ。
Q もうすこし詳しく説明してくれる。
A 政府は一九七七年から有事法制の研究を始めた。内容は表を見てほしいんだけど、すでに研究結果がまとまっている部分と、まだ課題として残っている部分がある。
Q 第一分類とか第二分類って何なの。
A これまでの政府の研究は「自衛隊の行動にかかわる法制」が対象で、その中が三つに分類されている。第一分類は防衛庁が担う法律分野で、自衛隊の部隊が緊急時に私有地を通行できるようにする項目もある。第二分類は防衛庁以外の省庁が担う法律分野で、壊れた道路を自衛隊の部隊が補修できるようにする項目など。この二つはもう研究結果が公表されている。第三分類は、どの省庁が担当するのか不明確な部分で、まだ調整が進んでいないようだ。
Q 自衛隊の行動以外の分野もあるんだね。
A 有事の米軍支援など「米軍の行動にかかわる法制」も課題だ。「国民の生命、財産などの保護のための法制」は民間レベルの食料や医薬品の備蓄などを念頭においていたようだ。
Q どうして「研究」にとどめてきたんだろう。
A これまで旧社会党や共産党は「国民の権利や自由が制限されかねない」と強く反発してきた。議論すること自体がタブー視されていたこともあって、政府・自民党も研究以上に踏み込めなかったんだ。
Q どんな点が権利の制限になりそうなの。
A 「緊急時に自衛隊の部隊が私有地を通ることができるようにする」のが、分かりやすい例かもね。自衛隊が土地を使う時、建物などを撤去できるようにするのも国民の権利義務にかかわる。実際には、現行法にある手続きを省く特例措置が多いようだけど。
Q 国民の権利を制限したら憲法に違反しないの。
A 有事の際の自衛隊の行動は「公共の福祉にかなう」という観点から、政府は「国民の権利を制限したり、特定の義務を課したりしても合理的な範囲内で許される」と言っている。政府の説明では「旧憲法下の戒厳令や徴兵制のような制度を考えることはあり得ない」ともいうんだけどね。
Q 有事の法整備を急ぐ必要があるんだろうか。
A これまでの研究は旧ソ連の大規模な侵攻を想定したものだ。これから数十年間、どこかの国が日本に本格的に侵略してくるのは考えにくいと言われているし、政府部内でも「有事法制は必要だが、緊急性には乏しい」という声を聞くよ。
Q 研究から法整備に一気に進むかな。
A ガイドライン法の成立が、政府としては最優先だろう。小渕政権は有事法制は「その次の課題」と位置づけ、世論の動向をうかがっている感じだね。でも、共産、社民両党は反発するだろうし、民主、公明両党にも慎重論が根強い。
◆政府の有事法制研究の検討状況
(1)自衛隊の行動にかかわる法制(これまでの有事法制研究)
<1>分類
<2>所管省庁
<3>検討状況
<4>対象法令
<5>検討項目の具体例
<1>第1分類
<2>防衛庁
<3>1981年に公表済み
<4>自衛隊法
<5>
・土地の使用や物資の収用などは自衛隊法に規定があるが、手続きを定める政令がない
・土地を使うときに建物などを撤去できる規定がない
・自衛隊の部隊が緊急に移動するときに私有地を通行できる規定がない
<1>第2分類
<2>防衛庁以外の省庁
<3>84年に公表済み
<4、5>
道路法 損壊した道路を自衛隊が補修できる特例措置がない
海岸法など 海岸などに陣地をつくるときの特例措置がない
建築基準法指揮所などを速やかに建築できる特例措置がない
医療法 野戦病院などの設置について特例措置がない
墓地・埋葬法 墓地以外の場所に戦死者を埋葬できる特例措置がない
<1>第3分類
<2>所管省庁が不明確
<3>検討中
<4>検討中
<5>
・住民の保護、避難、誘導を適切に行う措置について
・電波の効果的な使用に関する措置について
・捕虜収容所の設置など捕虜の取り扱いの法制化について
(2)米軍の行動にかかわる法制(未検討)
(3)国民の生命、財産などの保護のための法制(未検討)
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