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私はこう考える【自衛隊について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1996/09/21 朝日新聞朝刊
変質する有事、見えぬ実像(日米安保・第3部 有事研究)
 
 橋本龍太郎首相の指示で始まった極東有事研究は、「邦人救出」「大量難民対策」「沿岸警備・テロ対策」に加え「対米支援」の計四項目について、政府部内で検討されている。しかし、作業は必ずしも、順調ではなさそうだ。自衛隊の「三矢研究」で姿をみせた戦後の有事研究は、今回初めて正式な枠組みで進められているが、検討作業の難しさと見えにくさは、ほとんど変わっていない。
(日米安保取材班)
 一九六五年に暴露された「三矢研究」から、昨年、完成した日米共同作戦計画に至るまで、戦後の日本のあらゆる有事研究は一貫して、日本が侵攻を受ける「日本有事」を前提としてきた。それが、冷戦終結を境に、「極東有事」「周辺有事」へと大きく切り替わった。昨年十一月にできた新しい「防衛計画の大綱」や、今年四月の日米安保共同宣言は、そうした転換を裏打ちするものだ。これを受けて現在は、「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)の見直しと、「邦人救出」など計四項目の「極東有事研究」の二つの作業が、並行して進められている。
 政府の正式な有事法制研究は、七七年、福田内閣で始められた。自衛隊が防衛出動した際、任務遂行のためにはどのような法制度の整備が必要かを明らかにする狙いだった。
 関係する法律を三つに分類し、防衛庁が所管する「第一分類」と、防衛庁以外の省庁が所管する「第二分類」の法律については、それぞれ八一年、八四年に検討結果がまとまった。しかし、「捕虜の取り扱い」など所管が不明確な「第三分類」は、「竹下内閣当時、担当官庁の割り当てまで進めたが、リクルート事件で内閣がつぶれてそれっきりになった」(佐々淳行・元内閣安全保障室長)。
 今後の有事法制の検討は、こうした「日本有事」を前提にしたものから、「周辺有事」の自衛隊や米軍の行動に関するものに、重点が移っていく。
 ガイドラインに基づく米国との防衛協力の柱も、従来の日本防衛のための共同作戦から、極東有事の際の「対米支援」に変わる。
 検討を進めるうえで必要となるのは、集団的自衛権の行使は認められないとする政府の憲法解釈との調整だ。政府見解の基本は、五九年の参院予算委員会での林修三内閣法制局長官(当時)の答弁だ。
 「極東の平和と安全のために出動する米軍と一体をなすような行動をして、補給業務をすることは、憲法上違法ではないか」というもので、「武力行使との一体化」が判断基準として示された。
 さらに、九〇年の衆院国連平和協力特別委員会では、工藤敦夫長官(当時)が「一体化」の判断基準として「距離」「時間」「具体的な行為の内容」などを挙げ、「総合勘案する必要がある」と説明したが、個別・具体的な活動については「未検討」だ。
 今回、有事研究の一環として進められている「対米支援」の検討の狙いは、こうした「グレーゾーン」に分け入り、可能な活動を明確にしようというものだ。
 今後は「個別的自衛権でできる範囲を、できるだけ広げよう」という自民党を中心とした考えと、「『グレー』はない。『シロ』以外はすべて『クロ』」という内閣法制局の主張を、それぞれ両端において、さまざまな模索が続けられることになる。
○朝鮮戦争と現在 国の「隠密行動」先行 地方の不信を増幅
 一九五〇年六月に始まった朝鮮戦争は、日本にとって「極東有事」の実体験だった。この戦争の特需が日本経済を復興させたことは、全国各地が米軍の補給、中継基地の役割を担わされたことの裏返しでもある。
 朝鮮半島と一衣帯水の北部九州にある福岡県芦屋町。この町にある航空自衛隊芦屋基地は当時、米第五空軍の極東最大の空輸基地で、兵員や弾薬、食糧などの物資が二十四時間態勢で朝鮮半島に送られた。
 「すさまじいピストン輸送だった。滑走路に弾薬がどっさり野積みされた。荷役を次々雇い入れても、手が足りない。加勢する米兵の方が日本人荷役より多くなり、音を上げる日本人はけとばされた」
 戦況を知らされないまま荷積みをしていた地元在住の吉原繁一さん(七二)は、そうした米兵の緊迫ぶりに戦闘の激化を感じとったという。五〇年九月、芦屋基地に輸送機C119九十機からなる米輸送航空群が到着し、極東空軍の航空輸送総司令部がおかれたあとのことだ。
 当時、芦屋基地米軍労務事務所に勤めていた給与係職員(七四)によると、日本政府が雇い、県が労務を管理した日本人従業員は朝鮮戦争前の約二千五百人から約七千三百人に増えた。機械整備、土木、荷役、消防、事務など米軍本部を除く基地全般の運営に携わった。
 募集は主に周辺の市町村役場があっせんした。弾薬や物資の陸送は、米軍トラックだけでは間に合わず、近隣県の建設運送会社が動員された。
 「福岡県警察史」によると、五三年の休戦協定までの三年間に、芦屋基地を舞台に兵員三百万人、傷病兵三十万人、物資七十万トンが空輸された。
 九州北部は、太平洋戦争時に逆戻りしたかのようだった。朝鮮戦争の開始直後、当時の福岡市と小倉市(現在の北九州市)に警戒警報が出て、灯火管制が敷かれた。福岡市中心部のビルは退去が命じられ、米軍病院が急造された。市内を傷病兵を運ぶ救急車が走り続ける。
 看護婦は九州各地から集められ、五二年六月の衆院厚生委員会では、日本赤十字社による延べ九十六人の派遣が明らかにされた。
 小倉市にあった米軍補給基地では五〇年七月、米兵の大量集団脱走事件が起き、暴行、強奪などで住民を震え上がらせた。
 いま、政府が進める有事研究で、朝鮮半島に武力衝突が生じた場合、西日本の各自衛隊基地は米軍に提供する候補地となり、芦屋基地もその一つになるとみられる。
 橋本龍太郎首相は四月、沖縄・普天間飛行場返還決定の際、米軍による「民間空港の利用」の検討を約束し、軍事面にとどまらない対米支援に視野を広げた。
 朝鮮戦争当時の日本はまだ米占領下にあり、独立主権がなかった。戦争の形態も国際情勢もまったく異なる現在に、当時の状況を単純にあてはめることはできない。とはいえ有事の際に、基地や空港、港湾などで人員や施設を提供する地元の協力が不可欠になることに変わりはない。
 芦屋町の鈴木清吾町長は、基地の米軍提供について「聞いたことがない」という。基幹産業のない町は、基地との「共存共栄」を方針としているが、それはかつての朝鮮戦争のような有事利用までを想定したものではない。
 福岡県の奥田八二前知事は「自治体が関与しない戦争などありえない。その了解もなしに有事研究を進めることがすでに問題だ」とさえ語る。
 「民間空港の利用」について、民間航空六社の労組でつくる航空安全推進連絡会議は日米安保共同宣言後の五月、運輸省に説明を求めた。回答は「詳細はこちらも知らない」だった。
 連絡会議は、過去の有事立法計画と民間航空をめぐる問題点などを研究する計画を立てた。林本英雄事務局長は「もしもの時に影響を受ける私たちに何も情報が与えられないのはなぜか」と不安がる。
 日本港湾労働組合連合会の糸谷欽一郎書記長も「(有事研究の内容が)もし我々を巻き込むのならば当然反発が出る。しかし、何も知らされない限り、手の施しようがない」と話す。
 有事研究を主導する外務省などの中央官庁の中には、「自治体や国民がもつ有事アレルギー」への根強い警戒感がある。米軍艦船が入る港湾で市民の抗議行動が繰り返され、軍事演習などについて自治体が国に拒否を示す状況は、朝鮮戦争当時よりはるかに複雑多岐だ。地方の反発を見越して中央が進める隠密研究の手法が、さらに地方からの不信を増幅させている。
 米兵による暴行事件に端を発した沖縄問題は、国と地方が安全保障をめぐって、どう論議し、協力しあうかという根源的な問いを本土全体に突きつけた。万一、有事となった際、どうやって地方の理解と協力を得るのか。その難問への方策は、いまの有事研究からは伝わってこない。
●前線支えた九州北部
 朝鮮戦争当時の九州北部は、前線を直近で支える広域基地の様相だった。福岡県は主に空軍が占め、板付航空基地(福岡市、現在の福岡空港)を中心に、築城基地(椎田町、現在の航空自衛隊築城基地)、芦屋基地が重用された。周辺には補助飛行場、射爆場、高射砲陣地、兵舎などが併設された。
 門司港、博多港は海の輸送・中継基地となり、倉庫群が並んだ。米国本土からの物資、日本で製造した兵器などが輸送船で運ばれた。民間業者の動員により給水、引航などの湾内作業が行われ、警察は密入国者などに備えて厳重警備を敷いた。
 長崎県は海軍の要所となり、極東海軍司令部の佐世保基地を中心に艦船ドック、弾薬集積所、貯油所などの施設があった。
○大量難民対策 根拠薄弱なまま検討 責任なすり合う官庁
 「気分が悪い」。福岡県・博多港の桟橋で一九八九年九月初め、法務省福岡入国管理局の警備課長補佐(当時五五)が突然、胸を押さえながらしゃがみこんだ。救急車で近くの病院に運ばれたが、間もなく死亡した。過労による心筋梗塞(こうそく)だった。課長補佐は難民の護送や収容に当たる総括責任者。この日は、沖縄からフェリーで移送されてくる中国人の偽装難民を引き取る予定だった。二カ月後には、入国審査に追われていた同局佐世保港出張所長(当時五四)が持病の肝臓病を悪化させ、亡くなった。
 福岡入管が管轄する九州、沖縄の沿岸には、八九年五月から翌年四月にかけて、ベトナム難民を装った出稼ぎ中国人を乗せた小型船二十三隻が流れ着き、計二千八百四十四人が上陸した。短期間にこれだけ多くの「ボートピープル」が日本に押し寄せたのは初めてだった。同局幹部は「不眠不休の日々だった。二人とも難民に殺されたようなもの」と漏らす。
 「大量難民対策」を検討している政府の作業部会は五月末からほぼ週一回のペースで開かれ、内閣安全保障室、外務省、法務省、運輸省、防衛庁、警察庁などが参加している。
 朝鮮半島で南北間の武力衝突が起こった場合、軍事力の差からみて最終的には韓国が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を制圧し、北朝鮮から大量の難民が中国や日本などに押しかけるのではないかといわれている。食糧危機などから北朝鮮に内紛が起きて崩壊した場合にも、同様の恐れが指摘されている。
 では、北朝鮮から日本にどの程度の難民が逃れて来るのか。「数十万人」から「ほとんどいない」という説まであり、はっきりしない。
 韓国では「日本は、朝鮮半島の東側を伝ってボートピープルが日本にやって来ると考えているようだが、想像がたくましすぎる」(李富栄・民主党副総裁)などと、日本に難民が押しかけること自体を疑問視する声が強い。
 政府の作業部会では「とりあえず千人単位の難民が来ることを想定している」(外務省)が、具体的な数と根拠は「北朝鮮がどれだけ船舶を持っているかもわからず、目分量だから」(内閣安全保障室)などとして明らかにしていない。
 「日本国内で一時、保護するが、紛争が終われば自国に帰ってもらう」(柴田健・内閣安全保障室審議官)ことが基本方針とされている。難民対策の検討課題としては、(1)上陸手続きをする入国審査業務(2)収容施設の建設・管理(3)収容した難民の食事や医療(4)収容施設の警備――などが挙げられている。
 どの省庁が主管になるかで責任の押し付け合いが生じており、満足に議論が進んでいないのが現状という。本来なら、入国審査は法務省入国管理局の管轄だが、「現在の職員数では、日常の出入国管理業務で精いっぱい」(田村明・政策課補佐官)と渋っている。その他の業務についても「もともとどこの役所の仕事にも属していないことだから調整が難しい」(柴田審議官)。
 八九年に偽装難民が殺到した時も、収容施設の確保に手間取った。福岡入管は偽装難民が上陸した自治体の施設を借りてとりあえず保護しようとしたが、「保安上の理由」などから断られた例が多かったという。
 百六十七人が熊本県牛深市沖に流れ着いた時には、市営レストハウスを借りることができた。しかし、収容して三日目には当時の細川護煕知事から早急に適正な施設に移送するように文書で求められた。難民の食費を負担させられたり、入管側から収容期限のめどなどの情報提供がなかったりしたことに、県と市が不信感を抱いたためだった。
 結局、偽装難民の大半は不法入国者を収容する長崎県大村市の大村入国者収容所(現・大村入国管理センター)に移された。当時の収容定員は二百三十五人だったが、プレハブの仮収容棟をつくってピーク時で千七百五十八人を詰め込んだ。
 難民問題に詳しい本間浩・駿河台大法学部教授(国際法)は「日本にはこれまで難民政策と呼べるものはなかった」と言い切る。
 これまで難民を支援してきた市民団体は政府が突然、大量難民対策を研究し始めたことを不審がる。「難民を助ける会」(東京都)の柳瀬房子事務局長は「マイナス面ばかりを挙げて善後策を考えるのではなく、人道的な配慮にも気を配ってほしい」と訴える。
 また、「アフリカ教育基金の会」(北九州市)の土井高徳事務局長は「食糧援助など難民となることを防ぐ施策も大切ではないか。自治体や市民団体を交え、オープンに論議してほしい」と話す。作業部会では、紛争国への食糧や医薬品援助などについて全く検討されていない。
 
 「日米安保第三部 有事研究」は、梅原季哉、大岩ゆり、岡野直、加藤洋一、小嶋秀行、外岡秀俊、田岡俊次、立野純二が担当しました。
 
 
 
 
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