1996/09/21 朝日新聞朝刊
「周辺有事」研究が見えてきた 「日米安保を考える」(社説)
四月の日米安保共同宣言に基づく安保体制の強化が、具体的な姿を現し始めた。日米防衛協力のための指針の見直しに関する両国政府の経過報告がそれだ。
共同宣言の柱は、日米安保体制の役割を安保条約の「極東」よりもあいまいな「日本周辺地域」に拡大することと、両国の軍事協力の緊密化、高度化だった。
経過報告には、共同作戦や日本の後方支援の具体像はまだないが、両国政府当局者がめざす内容をうかがうことはできる。
対象は、平素からの協力、日本有事の共同対処、「日本周辺地域で発生しうる事態」が日本に重要な影響を与える場合の協力の三つだが、比重は明らかに第三のケース、つまり、日本が攻撃を受けていないときの対米協力に置かれている。
その協力分野として五つがあげられた。米軍による日本の施設の利用、戦闘地域外での米軍への後方支援、米軍を支援するための自衛隊による情報や警戒活動、非戦闘員を退避させる活動などだ。
この五分野は、現行の指針にある米軍への「便宜供与」をはるかに超え、地域紛争への日米共同対処という色彩が濃い。「危機発生前から危機終了後までの全段階」で日米が協力する枠組みをめざすとする報告の記述が、それを象徴する。
これらの協力とはどういうものか。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発疑惑で朝鮮半島が緊張した一昨年春、当時の羽田内閣が検討した時限有事立法や、統合幕僚会議が米側の要請を受けて行った米軍支援策の内部検討が手掛かりとなる。
統幕会議は、米軍の戦闘行動と一体の支援は憲法上難しいとし、自衛隊による米艦護衛や戦闘地域近くでの補給も違憲の疑いがあるとした。経済封鎖への参加や民間空港や港湾の提供、物品役務相互提供協定の有事への適用は不可能ではないとした。
東アジア地域の紛争を未然に防ぎ、また早期に終結させることに無関心であってはならない。けれども、そのための日本の役割が、有事に備えた対米軍事協力最優先であることには無理がある。
日米両政府は、この作業を憲法の枠内で行うとしている。しかし、具体的な検討対象のほとんどは、集団的自衛権の行使と海外での武力行使を禁じた憲法に抵触しかねない「灰色の領域」にある。むしろ、憲法そのものの解釈や運用の変更につながる可能性をはらむものだ。
だからこそ、今後の作業を通じて憲法の制約を尊重することはもちろん、重要な判断にかかわる情報を国民に公開し、その意思をくみとる必要がある。
指針の見直しは、東アジアのみならず、中東地域までを含めた対米協力の枠組みを完成させるものともなるだろう。実際、先のイラク攻撃には、横須賀を事実上の母港とする艦艇も参加した。
だが、今回の攻撃が米国の孤立を招いたように、日本の支援を受けた米国の行動が常に国際的な支持を得るわけではない。どのような、どこまでの対米協力が日本の利益にかなうものかを冷静に判断する姿勢が、指針見直しには不可欠なのだ。
結論は、一年後をめどにまとめられる。これからの作業は、総選挙後に誕生する新政権の手にゆだねられる。
国の針路を変えることにもつながる課題である。選挙を通じて民意を反映できるように、有権者に選択肢を明示する責任が各政党にはある。
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