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1993/11/25 朝日新聞朝刊
防衛論議の素通りは不健全だ(社説)
安保・防衛をめぐる国会の姿が様変わりしてきた。かつてなら野党の反発で審議が止まったような答弁でも、論議が深まらないまま見過ごされる。これは不健全だし、危険でさえあると私たちは思う。
一番の原因は、与党第一党の社会党に、論議の詰めを控える気持ちが働いていることだ。連立政権に亀裂が生じるのを避けようとするためだろう。それを見すかし、利用するかのように、従来の政府見解の枠組みを踏み越える答弁が、連立政権内部から続いている。
新生党の中西啓介防衛庁長官が衆院安全保障委員会で、国連の指揮下でなら自衛隊の海外での武力行使は憲法に触れない、と述べたのは代表的な例である。
翌日の閣僚懇談会で「武力行使を目的とした国連活動への参加は違憲」という従来の政府見解の堅持を確認したのは当然だ。しかし、それは国会が歯止めとして機能したからではない。論議が広がるのを恐れて、武村正義官房長官があわててタガをはめたというのが実態だ。
防衛政策や自衛隊問題をめぐって、連立与党内には大きな開きがある。だからこそ政権発足に際して「従来の国の政策を踏襲する」とせざるを得なかった。
安保・防衛については、防衛計画大綱の見直しといった、国の将来にかかわる課題が控えている。それだけに、連立与党間で政策担当者の協議を積極的におこない、さらに国会でそれぞれの主張を尽くすことが大切であろう。
いま、与党に求められているのは、なんのための連立か、だれのための連立か、という視点である。政権運営の中核的な役割を占めている新生党に、特にこのことを考えてもらいたい。社会党が代表してきた一定の国民の意思が、連立与党の調整の中で全く反映されないようでは、社会党が連立に加わっている意味はないに等しい。
それにしても、社会党は「現状では自衛隊は違憲」という立場に引きこもったきりなのはどうしてか。連立政権に反映できる政策は何か、を十分に考えることもせず、ただ機械的に「党独自の政策を主張すると連立の中にとどまれなくなる」と考えているとすれば、それは無責任である。
たとえわずかでも、自衛隊の削減を実らせることはできるはずだ。防衛費の切り詰めさえ、もっぱら財政上の理由に基づく大蔵省まかせでは、政党として情けない。
新生党内などには、安保・防衛について社会党が閣内にあるうちに押し切ってしまえればそれでよし、社会党がそれに耐え切れずに割れてしまえばそれもよし、という考え方があるようだ。新生党には自制が、社会党には気概が求められる。
官僚の側にも、社会党が与党になってかえって話が進めやすくなった、との受け止め方が生まれている。防衛施設庁が、在日米軍の施設費の肩代わりについて「原則として日本の負担でつくれないものはない」という判断を明かすようになったのも、一つの表れだろう。
こうした戦後の懸案の一つひとつを与党・社会党への「踏み絵」とするのではなく、与党間の政策協議や国会の場で取り上げて、きちんと議論していくべきだ。
第三次横田基地騒音公害訴訟に対する東京高裁の和解勧告について、防衛施設庁は損害賠償の対象期間を数年分短縮する方針という。社会党は差し当たって、それでよいのか、と問題提起をしてはどうか。
そういう地道なところから、与党であることの意義を生かす努力が必要だ。
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