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1991/04/13 朝日新聞朝刊
掃海艇派遣のための条件(社説)
フセイン・イラク大統領の無法なクウェート侵攻に端を発した湾岸戦争は、日本時間の12日、正式に終結した。これにより当面の焦点は、中東の平和と安全の維持のため、いかにして適切な戦後処理を進めるかに移ってきた。
イラクがペルシャ湾に敷設した機雷の除去作業は、戦後処理の中でも最も急がなければならないものの1つだ。湾岸産油国のためにも、日米など原油輸入国のためにも必要なことである。
この機雷除去のため、海部首相は海上自衛隊の掃海艇を派遣する方針を固め、防衛庁などに準備を指示したという。
ペルシャ湾はもはや交戦海域ではなくなり、「遺棄された」機雷が処分されても異を唱える国はなくなった。そのうえ、ペルシャ湾の安全航行は世界の願いでもある。こういう新しい状況下では、関係各国が掃海のために必要な努力を払うことを求められている。わが国も例外ではない。
問題は、わが国で掃海能力を持っているのは主に海上自衛隊であり、その海外派遣は現行の自衛隊法に抵触することだ。政府は同法99条(機雷等の除去)に沿うものだというが、これは過去の政府見解と異なっている。従来の政府見解に従えば、海上自衛隊が遠い海外で掃海することは認められないと見るべきである。
○法的な措置が必要だ
過去は過去、国際情勢が変わったのだから政府の見解も変えて当然、との意見もあろう。しかし法治主義の原則をあいまいにしてはならない。掃海艇の派遣には、そのための新たな法的措置が必要である。超法規的なやり方は、必ず禍根を残す。
どんなに人道的かつ国際的な目的を持っていようと、掃海艇派遣は自衛隊の海外派遣にほかならないからだ。日本の戦後の安全保障体系は、ヤリ(攻撃)は米国が、タテ(防衛)は日本が受け持つとの方針のもと、自衛隊はわが国の領海、領空、領域の安全確保を任務としてきた。
憲法と日米安保条約を基本とするわが国の安全保障体系は、日本の軍事力がここまで大きくなり、海外派遣できるほどの力を持つとは思わないままで確立された。同時に「平和のために」日本の掃海艇が海外へ出かける事態も想定されていなかった。
そういう背景での掃海艇派遣問題である。表面上は数隻の派遣にすぎないだろうが、日本の安全保障体系そのものと密接につながっていること、やり方次第では戦後の平和主義を崩す契機になりかねないことを見落としてはならない。
求められる法的措置としては、自衛隊法の改定、暫定法の制定、あるいは国会決議などが考えられよう。あわせて、掃海業務の自衛隊からの切り離し、ということも検討してほしい。われわれは早くから、国連平和維持活動(PKO)参加のために、自衛隊とは別個の新しい組織をつくるよう提唱してきたが、航行安全のための掃海業務はPKOの重要な任務である。
○党首の率直な会談を
日本型PKOを含む新しい日本の安全保障体系を考えるとき、今回の掃海艇派遣論議はきわめて重要な意味を持つ。政府・与党は強引に押しきるのではなく、野党との党首会談を開き、機雷除去問題にどう対応すべきか、掃海艇派遣の場合の法的措置や歯止めをどうするか、率直に相談すべきである。野党の多くも、わが国の国際的役割を重視する立場で党首会談に臨むものと、われわれは信じる。
わが国が自信を持って国際的責任を果たしていく上でも、掃海の主体、目的、区域、時期、装備、人員などに、シビリアンコントロールの立場から厳重な枠をはめるのは、政治の責務だ。
掃海艇派遣に対してアジアの近隣諸国がどうみるか、という点も重要である。各国の理解は不可欠であり、理解を得るために政府声明や特使派遣も必要だと思う。
法律や制度というものは、ひとたび路線が敷かれるとひとり歩きしがちだ。掃海艇派遣の次は自衛艦護衛下の核燃料運搬へ、さらには邦人救出の名目で自衛隊の派遣へとつながる恐れがある。近隣諸国の不安を解消するためには、細心すぎるぐらいの配慮が必要である。
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