1989/10/11 朝日新聞朝刊
膨らむ日本の軍事的役割 PACEX89日米共同演習(時時刻刻)
米太平洋軍の海、空、陸、海兵4軍と周辺の同盟国との共同演習PACEX89が、8月下旬の米・タイ演習を皮切りに8万人の米軍を投入して10月末まで実施されている。“NATO太平洋版”作りへの布石との見方もある。その中でも主軸になっているのが、いま行われている日米共同演習だ。現場で演習の一端を垣間見た
(石川巌記者)
<陸>
ハリアー2が、初めて北海道の空を飛んだ。ことし6月、山口県岩国基地に配備されたばかりの米海兵隊の垂直・短距離離着陸機だ。
千歳市に近い北海道大演習場でやっている米海兵隊と陸上自衛隊の共同演習「ノーザン・ウォリアー(北の戦士)89」は、10日がヤマ場だった。
日本側は陸上自衛隊第5師団27普通科連隊(釧路)の1300人、米側は在沖米海兵隊の歩兵、砲兵、戦闘軽装甲車大隊などで編成した第37海兵機動展開部隊(37MEU)の1250人が参加した。
両軍の間に境界線を設けて、双方の指揮官が連絡をとりながら戦闘軽装甲車(海兵隊)や装甲兵員輸送車(自衛隊)で“敵陣地”へ進撃した。海兵隊の155ミリりゅう弾砲と自衛隊の同自走砲などが援護射撃し、三沢に展開していたハリアー22機と、航空自衛隊のF1支援戦闘機4機が地上攻撃に飛んできた。
北海道での日米共同訓練に、機動展開部隊の規模で米海兵隊が参加したのは初めて。非公式訪問ということだが、米太平洋軍司令長官のハーデスティ海軍大将が折しも9日に札幌入りしたのが注目された。
<海>
一番、大規模で、空陸とも連動しているはずだが、一番、実態が見えにくいのが海の共同演習だった。
さる2日午後、本社機で根室の南方と、宮古の東方を結ぶ想定海域を飛んだ。米空母のF14トムキャット戦闘機が、至近距離まで偵察にきた。
米第7艦隊の旗艦ブルーリッジが、日米の艦艇14隻と北東進していた。これに合流するため空母エンタープライズが南下していたらしい。
こんどの演習には米原子力空母2隻と戦艦2隻が参加。5日がヤマ場だった総合演習と、それ以後の各種訓練の二手に分かれた模様だ。
総合演習のシナリオは、オホーツク海、千島、カムチャツカ半島の攻撃と、その支援と推定される。
もう1つ、重要な筋書きは、揚陸艦船団による沖縄からの米海兵隊の展開だった。海兵隊の装備を積んで洋上にいる事前集積船2隻も、グアム海域から初めて参加した。この航路を護衛したのは、海上自衛隊だったといわれている。
米軍準機関紙「星条旗」紙も「日米演習の狙いは、(北太平洋有事の際の)緊急展開だ」と書いている。
<空>
ひっきりなしに離着陸する軍用機。上空を乱舞する模擬空中戦――。日米の海と空の演習がたけなわの3日、航空自衛隊と米空軍共用の青森県三沢基地を見た。
市民監視団体によると、9月29日と10月2日の軍用機の離着陸回数は1日600回を超えたという。三沢の日米共同訓練のこれまでの最高記録は350回。今回の規模の大きさが、一目でわかる数字だ。
三沢配備の米空軍のF16や、航空自衛隊のF1、早期警戒機E2Cはもちろんのこと、米軍の嘉手納、岩国基地、航空自衛隊の築城、新田原、百里基地からも所属機が大量に移駐してきていた。有事の際、北方へ緊急展開する演習だ。米軍のF15、F16、FA18、航空自衛隊のF1が、一斉に発進する。米空母の連絡機C2が舞い下りる。F16が対地、対艦ミサイル・マーベリックを装着して洋上へ飛ぶ。実戦並みの雰囲気だった。
9月29日には基地内の航空自衛隊のスピーカーが「空襲! 空襲!」と叫び、仮想敵のT2練習機5機が滑走路に低空進入した。2日には空砲を撃ち合って、ゲリラの攻撃を想定した訓練が行われた。
<背景>
米ソの緊張緩和の中で、その流れに逆らうような大規模な共同演習を米軍はなぜやっているのか。PACEX89は米軍と太平洋同盟諸国との共同演習を、2カ月間に順繰りに積み重ねる形をとっている。「演習経費の節減のため」というのが米軍の説明だ。しかし、次のような背景があると推定される。
(1)米ソの緊張緩和の主舞台はヨーロッパであり、米国の海軍力がソ連に比べて圧倒的に優勢な太平洋地域では、あくまでも優位を維持したい。
(2)ゴルバチョフ政権の柔軟路線で、同盟国の対ソ警戒心が薄らいでいる。米国と同盟国の間に、経済摩擦などの問題も生じている。大規模な軍事演習を実施することで、緩んだタガを締め直したい。
(3)米国の軍事予算の削減で、太平洋地域の防衛を同盟国に分担させたい。将来、この地域に緩やかな結束の軍事同盟を作る布石にしたい。
これが米国の軍事専門家などの分析だ。太平洋地域で突出した役割を、日本が背負わされていることが、今回のPACEX89演習で、一段と鮮明になった感じだった。
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