1986/12/31 朝日新聞朝刊
なぜ「1%枠」撤廃か(社説)
防衛費は国民総生産(GNP)の1%以下とするという国の方針が、中曽根政権によって事実上撤廃されることになった。
これによって、防衛費の激増を防ぐ代表的な歯止めが失われる。戦後の防衛政策の重大な変更であり、大きな転換点だと言わなければならない。
これは間違った選択だ、と考える。われわれは、1%枠の廃棄に反対すると同時に、今回の廃棄に至る政府・自民党のご都合主義的やり方を厳しく批判する。
1%枠堅持を主張する理由は、すでに10年以上にわたって順守され、国民の間に定着していること、諸外国に対して一種の国際的公約の役割を果たしていること、である。その背景には憲法9条があり、防衛力整備は国力国情に応じてやるという「国防の基本方針」がある。
1%枠に軍事的合理性はない、という。その通りかもしれない。しかし、ほっておけば増え続ける軍事費の性格を考えるとき、軍事的合理性だけで防衛費を決めるわけにはいかない。歯止めは政治的なものであり、国政全体の中で決定されるべきものである。
GNP1%枠の撤廃に反対するもう1つの理由は、いまの時点でそれを断行しなければならないほど、日本をとりまく国際情勢は悪化していない、ということである。
極東ソ連軍の増強は事実であり、そのことは強く指摘しつづけなければならない。しかし、それは10年余にわたって維持されてきた政府決定をほごにしなければならないほど、差し迫ったものなのか。政府自身も、今回の方針変更の理由として「国際緊張の激化」を挙げていないではないか。
われわれは、防衛費がGNPの1%を超えたからといって、それで直ちに日本が軍事大国になるなどとは思わない。そういう言い方は、ためにするものと言うべきだろう。
しかし、今回の1%枠撤廃にあたって政府・自民党がとった手法を見るとき、この先、本当に大丈夫なのだろうか、と不安になる。
第1、防衛という国の重大事の変更が、ほとんど議論なしに行われたことだ。今夏の衆参同日選挙で、政府・自民党は1%枠撤廃を党の選挙公約に掲げておらず、中曽根首相らは「1%枠は守りたい」と言い続けてきた。なぜ今、1%枠は撤廃されなければならないかという説明は一切なく、予算編成のドサクサにまぎれるようにして、抜き打ち的に打ち出された。
これでは今後どんな新しい歯止めを作っても、国民は信用すまい。今回のように、いつでも捨て去られる心配があるからである。ことは政治への信頼、自衛隊への信頼にかかわる問題である。政府・自民党にそれだけの自覚はあるだろうか。
第2に、1%枠撤廃は対米配慮の上からも必要、という主張についてである。米国の要求がきつくてとか、西側の一員のあかしとしてとか、二言目には米国を持ち出す向きがあるが、貿易不均衡で生じた米国の対日批判を防衛力増強でかわそうというのは、明らかに筋違いである。
わが国の防衛予算は、いわゆるツケ払い方式の後年度負担で、すでに硬直化がひどくなっている。そういうとき1%枠があるとないとでは、大変に違う。再開国会では、野党はもちろんだが、自民党の議員もそういう立場から1%枠問題の重要性を見直してほしい。
仮に1%枠が今回踏みにじられるとしても、多くの国民の心の中にある1%枠への愛着まで消すことはできない。1%枠は復活されるべきである。
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