1985/12/16 朝日新聞朝刊
43%、膨らむ人件・糧食費(検証・税 防衛費の断面:1)
来年度予算編成が、大詰めを迎えた。暮らしや景気はどうなるのか、庶民の心配の中で防衛費の突出が続いている。年間3兆円を超える出費に、ムダはないのか。突出の背景は何か。予算編成の焦点となっている防衛費を検証した。
自殺相次ぐ幹部自衛官 老朽官舎、老後も不安
今年、自衛官の自殺が相次いでいる。防衛庁のまとめでは、10月末現在で陸、海、空3自衛隊合わせて34人。昨年同期を5人も上回っている。それも40―50代の幹部(将校)や曹(下士官)の、原因不明の死が目立つ。こうした事態は、制服自衛官の最高首脳会議である統幕会議でも話題になった。
「軍は人なり」という。61年度概算要求の中で、人件・糧食費は約1兆4500億円。防衛費総額の43%を占める。実人員約15万5000人で、陸海空では最大の数を持つ陸上自衛隊では、予算に占める人件・糧食費の比率は7割近くにもなっている。
だが、数がいくらいても、質が悪く、士気が低ければ「力」にならないのも「軍の常識」。その士気を支えるのは、何か。「処遇」も、ひとつの要因だ。
自衛官の月給は、民間と比べて悪くはない。2等陸海空士で10万1400円(60年度)。衣食住は無料。とはいえ入隊前はほとんど個室を持っていた若者たちが、10人、20人で1部屋というプライバシーのない生活を強いられる。隊舎は古く、空調設備もないところが多い。
「職業軍人」の道を選んだ曹や幹部の官舎も、数が十分でない上、老朽・狭小が目立つ。建築後30年前後もたつ通称「9.5坪(約31平方メートル)住宅」は、ある自治体から「街の美観をそこねる」と撤去要求をつきつけられた。その老朽木造家屋が、なお約700戸残っている。「友だちに家に招かれてもうちには呼べない、と子どもにいわれる」といった嘆きが、各地で聞かれる。
老後の不安もある。自衛官の定年はこれまで8回にわたって延長され、例えば1曹で52歳となった。それでも、なお民間に比べれば早い退職を強いられている。
訓練中の「生活環境」も厳しい。陸上自衛隊第3師団(兵庫県伊丹市)の中隊長の1人はいう。「冬、山地にある演習場の寒さはきつい。だが、隊員が個人用テントの中で暖をとるための携行燃料は年間1人当たり3個だけ。一晩で使ってしまう量です」
最近、北海道の第11師団で隊員6人が、テントの中で1酸化炭素中毒になる、という事故があった。訓練の合間にグループで寝られるテントが足りないため、私費で買った通気性の悪い市販品テントを使い、隊では認められていない石油ストーブで暖をとっていた。
隊員の処遇改善に金が回らないのは、航空機や戦車など「正面装備」に食われるためだが、こうした状況の中で、隊員の士気と質を支えているのは、部隊の指揮官、曹たちの熱意。第3師団のある中隊長は「寝ても覚めても、隊員の指導をどうすればいいか考えている」という。そして、その分、戦術や兵器についての専門的な勉強の時間がない悩みも打ち明ける。
陸海空問わず、一線指揮官は同様の悩みを抱えている。それが、自殺増加の原因と関係がないか、人事担当者は真剣に考えている。
「装備と人。どちらの要素が欠けても戦力にはならず、結局はむだ遣いにつながる。財政に限りがある以上、編成を見直し、装備・人員数とも一部を削ってでも隊員の処遇を改善すべきだ」との声が制服高級幹部の中にはある。
しかし、3自衛隊とも「人手不足」を訴え、隊員の実数が定員を満たしていない現状に不満を示す。定員に対する充足率は、陸が86.33%、海、空が96%。概算要求では陸が0.4%の充足率アップを、海は約1400人、空は約1000人の定員増を求めている。だが、連隊長には伝令や運転手ら4、5人がほぼ専用でついている。人件費が安かった時代からの慣行が、引き継がれているところも少なくない。合理化への内部点検を怠って、安易に人を増やそうとしていないか、との声が強い。
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