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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1999/07/05 朝日新聞朝刊
学ぶ意欲に期待と疑問(対談「学力低下」を考える:上)
苅谷剛彦(東京大学助教授)
寺脇 研 (文部省政策課長)
 
 「子どもの学力が下がっている」という声が教育現場で広がっている。五月二十四日付本欄「大学生の学力ダウン?」にも多くの意見をいただいた。そこで、東大助教授の苅谷剛彦さんと文部省政策課長の寺脇研さんの対談を企画した。学力低下に警鐘を鳴らし、データをもとにした検討の大切さを主張する苅谷さんに対して、子どもの意欲を高めることを重視し、時代の転換期に教育も変わらなければ、と説く寺脇さん。三時間半に及ぶ議論のハイライトを、今週と再来週の二回に分けて掲載する。
 
 苅谷 学力の問題は、いじめや不登校とは質が違います。一つは現在だけの問題ではなく、未来に影響を及ぼすこと、もう一つは学校だけの問題ではなく、社会の問題だということです。従って、見えにくい。何らかの調査に依拠しなければと探しました。
 やっとあったのが国立教育研究所の「理数調査報告書」で、理科も数学も低下傾向です(図1)。河合塾が毎年同じ基礎的な問題でやっていた模擬試験も落ちている(図2)。中、高校生も基礎学力低下の傾向にある。
 ですが、そもそも、もっと資料が必要で、資料がないこと自体が問題です。審議会でも「水準が低下する」という言葉を除こう、なんて議論をしてて、実態をきちんと見ていない。
 
 寺脇 たしかにデータがない。「学力」とは何かをきちんと整理せぬままデータ化すると「成績が落ちていたら責任を追及されるんじゃないか」と考える面が文部省にもあったんだろうと思います。
 
 苅谷 一九六六年度までは文部省も学力テストをやってました。日教組との争いや県同士の競争など「負の遺産」も生んだ。でも、かなり詳細な分析もして教育政策の基礎資料として使われていた。これが八〇年代に復活し、九〇年代半ばにまた行われたのですが、過去との比較は非常に弱い。
 
 寺脇 ただね、学力をどうとらえるかです。知っていたからって意味はない。自分が生きていくうえで、どう役立てていくかだと思うんです。
 今までは小中学校のときにハイペースで飛ばし、高校、大学と遊んでいた。確かに学力は高かったかもしれないけれど、九九も分からずに高校に来ている子もいる。教育改革で目指しているのは、小中学校はゆっくりでいいから、高校大学で死にもの狂いで勉強してもらうことです。
 二〇〇二年からの学習指導要領では、分からないで出る子は一人もいないようにする。中学卒業時点で全員百点でないとおかしいんです。
 ただ、教育内容は三割削減されるので、少なくともその時点での知識の量は減る。なのに、「落ちない」と言い張っていては信用されません。
 それも「途中の時点では低下します」ということで、社会に出た時点で下がっているようなことがあってはならないし、実際、下がらない。
 昔は、すべての子に国語も算数も理科も社会も大好きになってもらうという美しいフィクションを信じていた。だから、個人の得意分野を無視して押しつけ、どの学力もつかない子どもも出てきた。今後は、自分は数学という分野で日本の社会の活力となっていきます、という学力分業システムでいいんじゃないか。
 
 苅谷 しかし、外国と日本の教育改革の方向は逆です。欧米は基礎学力を高めようと躍起になっています。日本社会が得意だったのは、天才型の少数の人というよりは真ん中の人たちの質の高い、均質な能力だった。その質が低下するのではないでしょうか。
 
 寺脇 欧米はこれまで多様性に力を入れてきた。でも、私たちは逆でしたからね。
 
 苅谷 改革の意図としては学校でゆとりを与える分、家庭や地域社会で取り返せるはずだとなっている。でも、実態は勉強時間が減ってテレビを見る時間が増えています。
 受け皿が家庭にも地域にもない中で改革を始め、勉強する子としない子との格差を作り出してると思うんです。
 
 寺脇 たしかに学習時間は減っている。でも、学校以外も含めて知的なものにアクセスする時間が減っているかというと、どうでしょうか。
 少子化で高校や大学に入るのもそんなに難しくなくなったから、このままなら勉強量は減っていくだろう。でも、学びたいという動機を小中学校のときに持てば、入試のためではなく自らの欲求に基づいて勉強するようになる。
 
 苅谷 学ぶ意欲はどの子にもあるというのは理想ですが、皆そうでしょうか。
 
 寺脇 でも、教育改革は強制的部分を一切なくそうとしているんじゃない。今までは全部強制力でやってきて、個の自発的な学習意欲を信じていなかった、それを「ちょっとは信じてみようじゃないか」と言っているだけです。
 
 苅谷 ところが、実際に改革のメッセージが学校のレベルに入ってきたとき、文部省が音頭を取り出すと皆そっちをみるという構造が変わらない。そのために、従来型の学習か、個人に任せた学習かといった二分法的な単純な受け止め方をされがちです。
 
 寺脇 だから、明確に言わないといけないのです。「全部百点とれるようにしますよ、だけど、その範囲はいままでより狭くします」と。
 講演に行くと、最後に「いいお話だけど、何かだまされたような気がする」と言われる。リアリティーのないものを提示しているのは事実です。でも、現実をつくっていくには、いったん皆が信じてくれないと、動いていかない。万全の態勢を前提にものを変えるのは難しい。ただ、文部省が変わることで、皆さんも変わろうと思ってもらえるのではないか。
 
 寺脇 今までのシステムではまずいというのは、ほぼ合意が得られているんじゃないか。過去の文部省は詰め込みをやってきた。昭和二十年代においては、ほかに選択肢がなかった。当時の大半の国民は中学校までしか行っていないから、唯一皆共通に学べる九年間に、できるだけたくさんのことをとやってきた。ところが、激動の時代に、そんな教育を受けた日本の官僚や銀行のトップがちゃんと判断ができているかというと、「違うんじゃないの」という話になっている。システムが同じなら、同じ官僚や銀行のトップがまた出てくる。
 
 苅谷 そこは、ちょっと分けて考えた方がいいと思う。銀行のトップや官僚は、ある意味では上の方の話です。日本の高度成長を支えてきたのは、企業を支えた技能工。中学や高校で基礎学力を身につけ、その成績で選ばれて企業に入ってきた人々です。だから、旧学力には否定しきれない部分がある。
 
 寺脇 中卒、高卒で社会に出ていった時代は、そこで学力を身につけていることが求められた。だが、今は社会人として出ていくのが遅くなってる。大学も高校も、どこと特別いわなければみんな入れる。そのとき、受験を動機付けにする考え方自体も変えなきゃいけないんじゃないか。
 
 苅谷 受験が悪いと言うと、試験問題の良問も悪問もみんな悪いみたいな単純な考え方に傾く。でも、試験に学力を測る意味があると考えれば、受験に向けて勉強することは悪くない。ただ中身は変えないと。本当に考える力を試す試験を作っていかないと、いくら教える課程を変えても同じです。
 
 
 寺脇 受験産業がシステム化され、どこの大学を受けるかを数値で決め、自分がそこへ入ることの意味を考えなくなった。受験制度が悪いからではなくて、受験制度がうまく機能しなくなってるからです。だから、一回ガラガラポンが必要だという理屈です。
 
 苅谷 本当は知識の教え込み一辺倒になってはいけないし、主体性を重んじるだけでいいというものでもない。程度の問題です。でも、学力の実態を検証していないために、論議が旧学力か新学力かという印象論で終わっちゃう。
 
 
 寺脇 ただ、新しい学力だって認めていかなきゃいけないですよね。ユーゴってどこ? コソボって何なの? と思う気持ちが果たしていままでの教育で生まれてきたか。棒暗記で国名と首都を覚えろといってきた結果、生まれにくくなってると思います。昭和二十年代、三十年代につくった教育システムが制度疲労してるんじゃないか。
 
 苅谷 だから、本当に制度疲労かをどうかをどう実証するかです。ところが、こういった議論は是か非かという単純な二分法に落ちやすい。それを避けるためにデータを示しながら論じるしか手がないと思ってるんです。
 
<学習指導要領>
 小中学校は昨年改定され、完全週五日制の始まる二〇〇二年度から本格的にスタートする。授業時間数が週当たり二時間減り、教育内容も約三割削減された。最大の狙いは、子どもたちが、ゆとりのなかで自分で課題を見つけ、解決する「生きる力」を身につけることで、知識の一斉注入型の学校教育の転換を目指している。教科の枠を超えて、子どもたちが興味と関心に基づいた活動をする「総合的な学習の時間」が目玉。


 
 
 
 
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