2002/11/15 朝日新聞朝刊
「今なぜ改正」見えず 教育基本法見直し、中間報告
教育の「憲法」である教育基本法が、初めて改正される可能性が出てきた。制定から55年、改正の動きは何度も浮上し、賛否両論がぶつかった。だが、今回の中央教育審議会で激しいやりとりはなく、見直しの提言まで進んだ。なぜ、いま、改正なのか。その原点はあいまいなままだ。(1面参照)
「国民の意見を拝聴すると言っても、半煮えのままにして、味はいかがですか、と聞くようなもの。返事に困る」
14日の中教審総会の審議の冒頭、教育学者の市川昭午委員はこう発言した。中間報告は「引き続き検討していく」と書かれた課題が多く、現行法の前文もまともに審議していないことを批判したものだった。
だが、市川氏のような発言をする委員は、ほかにいなかった。「夏までは放談会で、秋から急に走り出したが、文科省に諮問された段階でもう結論が決まっていた」と振り返った。
中教審に設けられた基本問題部会は16回開かれた。中間報告の素案が初めて示されたのは10月。その15回目と、部会として報告案をまとめた16回目は、いずれも委員の出席が定足数を満たさなかった。事務局を務める文科官僚がまとめた文章を、少しずつ修正する程度のやりとりに終始して中間報告が生まれた。
鳥居泰彦会長は総会後の記者会見で「諸外国が教育法の改正に取り組むなか、我が国はどの方向でいくのか、という問題。見直しに着手できて非常に良かった」との見解を示した。
遠山文科相は「(中間報告について)広く意見が交わされることが大事」と話した。
○低い関心、強まる反対論
日本PTA全国協議会が今春から夏にかけて小中学生の保護者を対象に実施したアンケートは、約4800人の回答のうち基本法の内容を知らない人が約85%を占めた。
「見直す必要があるかどうかよく議論すべきだ」(45%)と、「わからない」(34%)を合わせると8割近い。協議会は「ほとんどの人は明確な判断がつきかねている」と分析した。
中教審は今月から来月にかけて全国5カ所で公聴会を開くが、こちらも注目度が低い。今月30日の東京会場では「傍聴希望者がようやく3ケタに乗った」(事務局)程度だ。
そのなかで、反対集会の動きは10月以降、相次いでいる。国家主義からの脱却を目指した戦後教育の否定につながる、との視点からの批判だ。「憲法改正への第1段階だ」と警戒する声も少なくない。
今月2日、東京都武蔵野市で開かれた集会では、「国民に愛国心や忠誠心を植え付けようとしている」と危機感を示す声があがった。作家の落合恵子さんも参加した。
「なぜ改変を急ぐのかが、わかりにくい。改正案は個を尊重することが希薄になっていると感じる。子どもは教え、導くものだという発想では法を変えても同じこと」と改正の動きを批判した。
○官邸・与党、熱はなく
今回の改正の動きの出発点は、森前首相の私的諮問機関だった教育改革国民会議の報告が見直しを促したことだった。
だが、首相官邸も与党もいま、基本法改正への視線は熱くはない。「森前首相は低空飛行していた政権を浮揚させるきっかけを教育改革に求めた。だが、支持率の高い小泉首相はあえて違う路線を選びたいとの気持ちが強い」。最近、自民党森派の町村信孝・元文科相は、文科省の河村建夫副大臣に官邸の微妙な空気をこう伝えた。
小泉首相はいま、日朝交渉や経済政策転換など内外の諸課題の処理の追われ、「教育」を視野に入れる余裕はない。
与党の公明党も、拒否反応が消えない。先月22日、東京・日比谷で日本教職員組合などが開いた改正反対集会には、公明党の文部科学部会長を務める斉藤鉄夫代議士が出席している。
公明党は来春の統一地方選が終わっても軟化する可能性は低く、「野党よりも公明党との調整が最重要」(文教族議員)というのが実情だ。
森氏や麻生自民党政調会長らは、来年の通常国会で予算案が成立する春以降、改正案提出と成立を狙う考えではいるが、官邸と与党内の足並みはそろわず、文教族にさえ早期成立を危ぶむ声がある。河村副大臣も「もう少し、世論が高まった方がいい」と語るほどだ。
○公明が批判談話
公明党は14日、教育基本法見直しの中間報告について「国家の関与が積極的になっている。国家は教育に関して中立・自制的であるべきだ」と批判する談話を発表した。
教育の目的を定めた第1条見直しに関しては「個人の内心の自由にかかわる事柄について、法律で規定することになる」と反対している。
○反対する見解 日教組
日本教職員組合は14日、教育基本法見直しの中間報告に反対する見解を発表、「政治主導の動きと拙速な審議で、基本法の見直しを憲法改正の露払いとすることは許されない」などと批判した。
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