2002/10/11 朝日新聞朝刊
地方の焦り 都会との学力差に不安(競争加速 転機の教育:4)
9月下旬、新潟県の山あいの村の小学校で、二つの公立中学校が、来年度の生徒獲得合戦を繰り広げた。
一つは新潟県東蒲原郡三川村の村立三川中。校長は学力重視をアピールした。「来年度から授業時間を増やし、夏休みも登校してもらう」
もう一つは、三川村の隣町に今春開校した中高一貫の新潟県立阿賀黎明(れいめい)中。校長は「中3の秋には高1の学習に入る。教員もよりすぐりが送り込まれている」。両校が保護者向けに開いた合同説明会は1時間半に及んだ。
福島県境の東蒲原郡は4町村合わせても人口1万5千人。厳冬期には1メートルを超える雪に覆われる過疎地だ。県立中高一貫校は、そこに県立高を衣替えして開校した。
「黒船の来航だった」。三川村の大竹敏夫教育長は話す。
公立の中高一貫校は、学校設置基準の緩和を受け可能になった。県立中は学年40人。1日7時間の授業を展開し、英語の授業数は週に6時間と通常の倍だ。
成績優秀者が県立中に行ってしまったら、町村立中はどうなるのか。中高一貫校は高校でも生徒を募集する。入試が難しくなると、郡内でこの高校に合格できない子どもが増えてしまう――。そんな思いが募った。
郡内の大学・短大進学率は00年で30%。全国平均と比べると15ポイント低い。
県立中に対抗するため、4町村は今春、学力向上を目指すセンターを立ち上げた。センターでは5月、先生の反対を押し切り、全国規模の業者テストを小学2年〜中学3年生で実施。成績の振るわなかった小学校では夏休みに補習をした。
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規制緩和は地方にさまざまな波紋を投げかけている。
愛知県犬山市は規制緩和の流れに乗り、市費で講師を採用しての少人数授業や、教員による副教本づくりなど次々と独自の施策を打ち出した。
高校生らの3人の子どもを持つ愛知県の主婦(42)は「子どもが小学生なら、犬山市に引っ越したいぐらい」と話す。10年ほど前、同市の近くに転居したが、「業者の教材でお茶を濁し、定時に帰る地元の先生や、危機感のない教育委員会」と、つい比べてしまう。
「都会との学力差がますます開いてしまう」という思いを強めている人たちがいる。
岡山県の山間部の町に住む主婦は、小学校5年の娘が心配でならない。
学校に放課後学習や土曜補習はない。町内に進学塾もない。中学は公立1校だけで選べない。
「もともと田舎は選択肢が少なかったが、学ぶ内容が減って、塾や私立の多い都会との差は広がるばかり。切り捨てられたような気がする」。娘には、中学受験用の通信教育を受けさせている。
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瀬戸内海に近いある町では、小中学校での土曜補習を求める声が出てきた。教育長は実施するつもりはないが、それ以前に無理だと思う。「講師のできる人材がいない」
東京など都市部では、大学生を使う学校も多い。だが、農村部の町内には大学生はほとんどいない。「都会との差が広がってしまうのではないか。地方の多くが抱えているはずの悩みだ」
広島県蒲刈町は「教育の島」を掲げ、93年からは中学1年生の希望者全員を町費で1カ月間、英国留学させている。
この2学期から教育長が島の小中学校の先生全員を面接することにした。学校統合のため先生の数が減る。そのとき、どの先生を残してほしいか、県教育委員会に要望する参考とするためだ。激しさを増す競争へのせめてもの対策だ。
柴崎龍雄町長は訴える。「人事権を渡さずに自由に競争させたら、中山間地域が落ちこぼれるのは目に見えている」
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