2002/10/07 朝日新聞朝刊
経済格差 階層差=学力差の恐れ(競争加速 転機の教育:2)
首都圏で最近、大手進学塾のグループ会社が、「高級家庭教師」の派遣を始めた。講師は「塾講師を中心に厳選したプロ中のプロ」だという。1回2時間で2万〜3万円。従来の倍だ。週2回利用すると月額は、ざっと20万円になる。
東京大学などへの進学実績のある中高一貫校、有名私大の付属高などを目指す受験生がターゲットだ。いまのところ利用者は少ないが、すでに月40万円使っているケースもある。問い合わせは増えているという。
高級家庭教師は30人をそろえる。都市部には、これだけの金を払ってもいい教育市場が生まれていることを業者が感じ始めたあかしだろう。
私立の中高一貫校受験に詳しい森上教育研究所(東京都)の森上展安氏によると、受験準備のために遅くとも小学4年から塾通いを始めるのが一般的だ。3年間で計200万円はかかる。
「これだけを支えるには、親の年収は800万円が最低ライン。できれば1千万円は欲しい」
それでも大手進学塾、日能研(横浜市)の調べでは、首都圏で私立中を受験した小学6年生の率はバブル崩壊後、一時下がったが、今春は全体の約14%と過去最高だった。
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小学生の土曜補習など学力向上対策の「先進地」として知られる千葉県野田市には、全国から視察が絶えない。
対策を発案した根本崇市長は、文部科学省が「学習指導要領は最低基準。それ以上教えてもいい」と言いだしたことに強い危機感を覚えた。
学力向上競争が激しくなり、週5日制に従わない私立校との差も開く。子どもたちを最初から「負け組」にするわけにはいかない。そう思って、やむなく始めた。
「家庭の経済力や、住む地域によって教育水準が決まるような社会はおかしい」
今春、長女を私立中に入れた関西の主婦は、「分からないまま放っておかれる公立」は不安だった。塾費用は年100万円を超えた。親子で洋服代を節約し、旅行などを減らした。「親の経済力で差がついてしまう。この国はどうなってしまうの」と感じている。
「将来のエリートが、大都市圏に住む一定の収入がある家庭の子どもで占められては、新しい特権階層形成にもつながりかねない」。90年、中央教育審議会は懸念を示していた。
それから10年余、公立校で不登校は倍増、学級崩壊が顕在化した。文科省のゆとり教育で「学力低下」不安が噴出した。
私立校の大学進学実績は大きく伸びた。私立中に通う生徒は全国の中学生の6%だが、東大の調査では00年、学部在籍者のうち私立中高一貫校の出身者の割合は49%。88年の37%から上昇した。
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「階層差」という言葉がここ数年、注目されている。親の経済力や、収入と密接な関係のある学歴の違いが、子どもの学力を左右し、すでに顕在化しているという問題意識だ。教育社会学者らが指摘している。
その一人、お茶の水女子大の耳塚寛明教授は今年、首都圏の小学校6年約千人の学力テスト結果を、父親が大卒か非大卒かで比較し、統計学的に分析した。
「家では勉強しない」という子の比較では、100点満点で大卒が10点上回る。勉強時間が長くなると、差は縮むが、同じ得点になるのは、1日80分の子同士だった。
ゆとり教育批判をきっかけに各地で学力競争が激しくなり、「できる子には、もっと教えよう」という動きが強まった点を懸念する。この調査結果のように「階層差」がうかがえるからだ。耳塚教授は警告する。
「競争による刺激は大事だが、何を競うかが問題だ。進学実績などばかりに目がいっては、経済力による差をさらに広げてしまう」
(7面に特集)
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