2002/07/31 朝日新聞朝刊
「企業自ら教育」再び注目(ニッポンの学力 転機の教育:11)
愛知県豊田市、Jリーグ名古屋グランパスエイトの練習場横の建物で、制服姿の生徒が数学や国語の授業を受けている。私語はほとんどない。
トヨタ自動車の企業内訓練校、トヨタ工業学園だ。1年生から3年生まで全国の中学校を卒業した約270人が学ぶ。
「うちの学校は、この近くの工業高校へ入るより難しいかもしれない」と松永哲扶学園長。内申書の平均点は5点満点の3・6点。定員70人に対し入試の競争倍率は3・5倍。通信制高校と提携しているため、高卒の資格も取れる。
生徒には1年生で月に約10万円の手当が出る。トヨタの工場への就職は約束されている。教科の勉強とは別に、カンバン方式などトヨタ独特の企業哲学もたたき込む。
運営費は年に約15億円。企業の業績が悪化し、研修教育施設もリストラ対象となる中で、「1兆円を超す利益を出すトヨタだからできる」という見方もあるが、ある関係者は言う。
「学力は低下し、やる気もない高卒を採用するより、コストをかけてでも実践的な学力を身につけたやる気のある社員を育てた方が会社のためになる」
生徒育成室長の保科道大さんは20年近い指導歴を持つ。「トヨタは世界中に工場がある。海外に指導に行って信頼されようと思ったら、英語を勉強した方が得だよ」と水を向ける。
昨年の1年生の英検3級の取得率は91・6%に達した。もともと目的意識の強い生徒たちだが、「この高さは予想外だった」という。保科さんは「学ぶ目的を教えるとちゃんと取り組む」と話す。
トヨタのような企業内訓練校は、最盛期の70年度に全国で約40校あったが、今は数校。生産現場の海外移転などとともに存在感は薄れた。しかし、モノづくりの水準が高い会社ほど残す努力をしている。
現場の人材育成だけではない。トヨタは今年1月、ホワイトカラーのマネジメント能力などを高めるため企業内大学を設立した。ソニーも社員育成のソニーユニバーシティーを始めた。
競争力の高い会社は、学校教育をそれほど当てにしなくなっているのだろうか。
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