2002/07/28 朝日新聞朝刊
「ジュク」かつてない脚光(ニッポンの学力 転機の教育:8)
東京工業大大学院生の大西琢也さん(25)は、東京・人形町のサピックスに就職が内定した。首都圏に15校舎を構える学習塾だ。偏差値の高い私立中や難関大をねらう子どもをターゲットにする。
「学校では学習指導要領にしばられ、雑用に追われて、教えたいことも教えられない。断然教えがいがある」
内定仲間には東大生もいる。「一流大学の学生に就職先として認知されてきた。指導水準がいっそう向上する」と小田茂社長(53)は喜ぶ。
同社には東京都杉並区から、区立中学への講師派遣の打診があった。生徒を刺激し、塾ならではの教え方を先生たちに見せるという試みだ。人気講師3人を送ると返答した。「学校の授業を塾講師がする時代。10年前にはありえない話だった」
中学受験大手の日能研(横浜市)の高木幹夫代表(48)は「教科書から円周率の3・14が消える」と宣伝。学習内容の3割減を含む新学習指導要領への漠とした不安を巧みに突いた。
かつて「受験の商人」とさげすまれたこともあったが、いまや私立学校から経営指南を仰がれる。講演や教育評論の依頼も絶えない。
6月末、アテネで大がかりな教育シンポジウムが開かれた。テーマは「ギリシャと世界に広がる教育改革」。
パネリストはパリ大学教授。ニュージーランドの前教育相。世界銀行の教育担当エコノミスト。そのなかに全国学習塾協会の石井正純会長(70)と伊藤政倫副会長(50)もいた。
韓国や台湾から問い合わせを受けたことは何度もあるが、欧米からの招待は初めてだった。主催したギリシャ私立予備学校連盟は、「学力強化ですばらしい成果を上げてきた日本のジュクは関心の的だった」と話す。
「小中学校からそんな熱心に塾に通うのはなぜか」「学習指導の国家資格もないのにどうして塾ははやるのか」。石井さんらへの質問は1時間も続いたという。
「必要悪」などといわれながら、日本の子どもの基礎学力づくりの一端を担ってきた塾。その存在が、かつてない脚光を浴びている。
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