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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2002/07/22 朝日新聞朝刊
財界・新文教族に危機感(ニッポンの学力 転機の教育:2)
 
 次の計算をしなさい。
 18+33=
 140÷0・5×0・05=
 小学生程度の問題だ。
 次の漢字の読みは。〈非業〉の死、〈帰趨〉、〈昵懇〉の間柄。
 こちらはやや上級だ。
 長野トヨタ自動車など約200社が毎日、社員にそんな読み書き計算ドリルを課している。帰宅後1日30分は机に向かわざるを得ない分量だ。ほかに城山三郎氏の経済小説など月に最低3冊の読書感想文も提出させる。
 教材を届け、答案を添削しているのは東京・小石川の研修会社アイウィル。「会社の学力向上」をうたう。
 「中小企業を中心に全国で学力を見てきたが、10人中9人は読み書きもしつけもできていない。計算や国語の基礎がない人に独創的な考えを期待しても無理です」。染谷和巳社長(60)は力説する。
 受講者は7年前、年に458人だった。危機感や不安を映すかのように、去年は1076人に増えた。
 
 □  □  □
 
 就職情報大手リクルートの子会社、HRR社(東京)は、過去の入社試験の結果を分析した。
 毎年5千社、計10万人近くが受験する入社試験業界大手。「計算や論理の基礎能力は落ちていないが、語彙(ごい)力は低下した」という結論が出た。
 東京電力では約10年前、現業部門から声が上がった。「高卒社員の学力低下がひどく、仕事に支障が出ている」
 入社2、3年目の技術系社員を集め、6カ月の社内授業を始めた。現場を離れて、オームの法則や関数など勉強に専念させた。ところが10年たっても成果は上がらない。
 「点数はほぼ不変。発見したのは学ぶ意欲がぐっと低下したこと」と東電幹部は言う。今年度は基礎学力の授業をやめて、1カ月のエンジニア研修に切り替えた。
 全社員約60人にアイウィルの研修を受けさせている東京・新宿の「バイク急便」でも、基礎学力そのものより、意欲を問題にする。「基礎的な勉強をさせると、社員の士気が高まった」と大槻勝美社長(46)は話す。
 「わが社の社員の学力が下がった」「昔と大差ない」「むしろ意欲の問題だ」。さまざまな職場で、さまざまな視点で「学力論争」が起き、ざわめく。
 
 □  □  □
 
 戦後の日本では、景気が停滞するたび学力論争が起きた。長尾彰夫・大阪教育大教授は「過去4回は教育界の中の論争に終始した。5回目の今回は国民的議論に膨らんだ」と話す。「不況の時代に週2日も学校を休んで何がゆとりだ、という社会の空気が論争を大きくした」という分析だ。
 経済界は、以前なら教育提言はしても、冷めていた。たとえば成長期さなかの72年。のちに経団連会長になる故土光敏夫氏らは早くも「脱工業化の時代、画一的な学校教育は打破せよ」と主張している。だが石油危機を乗り切ると、この種の提言は先送りされた。
 「成長が続き日本が左うちわの間は、教育議論に真剣味はなかった」。小渕政権が作った教育改革国民会議に財界代表として加わった河野俊二氏(74)=東京海上火災保険相談役=は、70、80年代の教育改革に経済界が強くかかわってこなかったことを悔やむ。
 財界有数の理論家として知られる諸井虔氏(74)=太平洋セメント相談役=は「日本人の能力が劣化した」と危ぶむ。「ベルトコンベヤーによる量産経済期には均質な人材が必要だった。周囲と違う発想ができる人が必要な時代に、今まで通りの教育は役に立たない」
 
 □  □  □
 
 政界では、今回の学力論争と相前後して、「新文教族」とでも呼ぶべき集団が生まれた。大半が財務、経済産業省出身の議員たちだが、文教政策に関心を示し、学力向上や大学の改革を訴える。
 尾身幸次・科学技術政策担当相もそのひとり。通産官僚出身で、文部科学省批判の急先鋒(きゅうせんぽう)だ。「教育によって国は栄えも滅びもする。競争の時代に、小学校からゆとりばかり与えていたら日本は没落する。その危機感が文科省にはない」
 教育基本法改正や徳育復活にこだわる森喜朗元首相ら旧来の文教族とは、関心も視点も違う議員たちである。
 
 <9面に特集>
 ●不況になると議論噴出 人口減少で質向上が頼みの綱
 経済界を巻き込んで転がり続ける「学力低下」論。背景には深刻な不況が横たわる。歴史軸をみると、戦後、学力問題が起きた時期も、不況などの経済低迷期にほぼ重なる。しかし、今回ほど広い議論になった例はないとの見方もある。
 戦後、学力問題が起きた時期を5期に分類した年表がある。日教組から「学力低下」の研究を委託された教育学者らが昨年、報告書に盛り込んだ。学力問題が始まった節目の年を経済状況に照らし合わせると、いずれも何らかの低迷があった時期だった=年表。
    *
 いまの「学力低下」論は第5期(99年〜)にあたる。バブル崩壊後の経済停滞が続く同年には、経済学者が「分数ができない大学生」を出版。これを契機に「低下」論は小中学生を巻き込んで急速に拡大する。
 98年に告示された小中学校の新学習指導要領(02年度実施)は学習内容を3割削減。「学力低下を招く」として強い批判を浴びた。文部科学省は99年ごろから「学習指導要領は最低基準」と言い始めたが、「低下」論は収まらなかった。
 経済界からも批判は起きた。大量生産で勝ち続けた時代とは違い、バイオテクノロジーなど新分野での「頭脳」が重要になるなか、「低下」論は重く受け止められた。
 大企業の社長らが名を連ねる「地球産業文化研究所」は00年秋、新指導要領の中止を求める提言を首相官邸などに提出。「産業経済の国際競争力が失われる」と訴えた。
 過去の学力問題をみると、第1期(48年〜)は戦後不況期だ。問題解決能力を身につけさせようとした学校教育に対し、基礎学力の低下が指摘された。いまの「学力低下」論に似た構図だ。
 第2期(61年〜)は高度成長期に入ってはいたが景気の谷間。経済発展に伴い、工業化に対応した科学技術が求められていた。57年に旧ソ連が世界初の人工衛星打ち上げに成功。衝撃を受けた米国は国際競争に勝つために教育改革に着手した。
 その波は日本にも及んだ。旧文部省は61年、中学2、3年生全員を対象に全国一斉学力テストを実施。60年代末の指導要領改定では学習内容が高度化し増加。「詰め込み教育」へ傾いた結果、「落ちこぼれ」が大きな社会問題になった。
 第3期(75年〜)は戦後初のマイナス成長となった翌年からだ。「落ちこぼれ」問題や受験競争を背景に「学力とは何か」が改めて問われた。
 70年代半ば以降の非行やいじめ、登校拒否の急増などを受け、84年には中曽根康弘首相の諮問機関として臨時教育審議会が発足。87年までに個性重視や、画一主義からの脱却などを提唱。学校週5日制の検討も促した。
    *
 バブル経済が終わった91年の翌年、第4期(92年〜)が始まる。同年9月から月1回の週5日制がスタート。指導要領も変わり、個性を重視して意欲や態度などの要素も評価する「新しい学力観」が打ち出され、その是非などが議論された。
 第4期以降はかつてない長い不況が続いたまま、第5期に突入することになった。
 学習院大学の宮川努教授(マクロ経済学)は「教育は約50年前から経済成長の一因と考えられるようになった。経済学者がいまの学力論議に加わったのは、過去とは違う人口減少があるからだ。1人当たりの生産性や質を高めないと経済成長が見込めないという危機感がある」と指摘する。
 
◆教育も競争直視しよう
 日本の教育は経済成長を支えるべき人材を供給していないという批判が広がっている。長引く経済停滞の犯人捜しの側面も否めないが、大胆な変革が必要なことは確かだ。明確な処方箋(せん)が見当たらない中で、思い切った競争原理の導入で「市場」の声を教育に反映させることも有効な選択肢ではないだろうか。
 政府の総合規制改革会議はこのほど、学校経営に株式会社の参入を認めるべきだという考えを明らかにした。需要に直結した効率的な経営が期待できるとメリットを強調するが、株主の意向による教育内容の安易な変更や、経営の安定性、継続性が確保できないという批判もある。
 「株式会社」が認められるかは不透明だが、「競争は教育を活性化する」(山口信夫・日本商工会議所会頭)と、競争や規制緩和を求める考えは経済界に広がっている。背景には、日本の経済・雇用構造の変化がある。
 経済界はこれまで、大学などには主として入試による学生の選別機能を求め、教育内容に関心を持ってこなかった。終身雇用制のもとでは、企業内教育でビジネス戦士を育てた。目標が明確だった「追いつき追い越せ」の経済成長期にうまく合ってもいた。だが、バブル崩壊で一変した。
 リストラの常態化による事実上の終身雇用の崩壊と高失業を背景とした雇用流動化は、企業内教育の比重を低下させた。一方、職業能力を自ら向上させることが求められる社会人の新たな需要は「学校」の質を問い、変革を迫る圧力にもなってきた。
 こうした教育の需要側である経済界の変容と、「教育を改革しなければ、新たな経済成長は期待できない」(樋口公啓・日本経団連副会長)という危機感にどう応えていくか。
 これまで初等中等教育では、少人数学級、柔軟な学区の導入、高等教育でも国立大学の法人化など規制緩和や多様化が図られてきた。しかし、まだまだ不十分だ。例えば職業教育に成果を上げている米国のコミュニティーカレッジは、雇用流動化が本格化している日本も学ぶ点が多いのでないか。
 だが、改革には副作用が伴うことは避けられない。とりわけ競争原理が強まれば、効率重視によるもうけ主義や弱者切り捨てが増える懸念もある。
 総合規制改革会議委員の八代尚宏・日本経済研究センター理事長は「徹底した情報の公開と行き過ぎに対する規制、セーフティーネット(安全網)の整備が競争の前提だ」と指摘する。
 厳しい国際競争の中で、どういう人材が求められるのか。「考える力、広い知識、教養の裏付けがある高い専門性、世界に発信できる能力が必要」(小林陽太郎・経済同友会代表幹事)という。ハードルは高い。企業側にも責任があることは言うまでもない。
 (経済部 中川隆生)
 
◇社説から時代を追う
 (いずれも抜粋、表題は社説の背景となった出来事、日付は掲載日)
 ●臨教審が第1次答申
 基礎・基本の大切さということには、だれもが賛成だろう。ただ、どういう内容、どこまでの範囲を、国民共通の基礎・基本と見るのか。それは、だれがどういう手続きで定め、どこまで強制するのか。なぜ画一化がはびこったかを考えるうえで、ここは重要な問題点である=85年6月27日
 ●臨教審が最終答申
 詰め込み教育を否定しながら、「基礎・基本はしっかりと教える」と強調する。この建前が学校教育の画一性を正当化し、一つの基準による選別を可能にしている。全員に習得させたい基礎・基本であるなら、未習得の子を置き去りにする相対評価はやめるべきだ=87年8月9日
 ●教育課程審が答申
 学校5日制について答申は、教育水準が下がっては困ると慎重だ。しかし、日本の子どもが受けている授業日数、時間数は、世界でも指折りの長さだ。年間240日も学校で過ごしている=87年12月26日
 ●学校5日制、92年から月1回導入固まる
 試験的に土曜休みを実施した学校は、体育祭、社会見学を割くなどして授業時数を確保した。「ゆとり」を生むために「ゆとり」を犠牲にする。笑えぬ漫画だ=91年12月22日
 ●文部省「脱偏差値・個性重視」方針
 学校から業者テストを追放しても、塾がかわりにテストをし、偏差値をはじき出すだけだろう。そうしなければ教師は進路指導に困り、親は不安だからだ。問題の焦点は、一人ひとりの個性や創造力を重視した教育に、いかに切り替えるかだ=93年1月28日
 ●教育課程審が5日制視野に教科内容見直し
 「ゆとり」や「生きる力」で文部省は教育の方向を説明する。父母たちは半信半疑だ。受験競争と学校歴社会という現実からきている。この「不信」を置き去りにした改革案は、説得力がない=96年9月1日
 ●文部省が12年ぶりに学力水準調査
 考える力が弱いのは、いまの子どもたちだけの問題ではない。画一的な知識の手っとり早い一斉注入こそ、日本の教育で明治以来、戦後も変わらぬ伝統である。先進国に追いつけ追い越せとばかりに、統制的な教育行政のもとで、効率よく「人材」を育てるために受験中心の勉強を求めてきた=97年10月1日
 ●内容3割減の新学習指導要領公表
 大幅な厳選に対しては、「学校五日制に伴うつじつま合わせ」との批判や、学力低下への不安の声も強い。かなりの児童・生徒が授業についていけない現状は、内容を減らすだけでは変えられまい。やはり学級定員の縮小が不可欠だ。具体化への努力を求めたい=98年11月19日
 ●OECD学習到達度調査の結果発表
 深刻なのは勉強への意欲が際だって低いことだ。学習意欲を高めようと思うのなら、学ぶ面白さを伝えるのが正攻法だろう。総合学習の意義もそこにあったはずだ。「基礎基本の反復を」の声にかき消され、出発点が忘れられていないだろうか=01年12月9日
 ●遠山文科相が「学びのすすめ」発表
 文科省が軸足を移したと見られても仕方あるまい。半世紀前に、生活経験を重視した学習が学校に導入されたが、学力低下を懸念する声が起き、姿を消した。やがて教科内容が増え、今度は「詰め込み」批判が高まり、「ゆとり」へかじを切った。この振り子を揺り戻すのでは、同じことの繰り返しだ=02年1月22日
    *
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