日本財団 図書館

共通ヘッダを読みとばす


Top > 社会科学 > 政治 > 成果物情報

私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2002/07/21 朝日新聞朝刊
教育不安、世界中に(ニッポンの学力 転機の教育:1)
 
 北欧フィンランドには今年、外国からの教育視察団が絶えない。
 昨年12月に公表された経済協力開発機構(OECD)初の学力調査で、参加32カ国中、読解力が1位、数学と科学も最上位群に躍り出た。
 「あまりの視察の多さに圧倒された。ふだんの仕事ができないほど忙しい」。教育省の研究機関である国家教育委員会のユッカ・サルヤラ委員長は驚きをこめて話す。
 手にかざした数枚の訪問者一覧には、中国、チリ、スイスなど50を超す視察団の名前が並ぶ。日本からも2人が、秘密を探りにやって来た。
 群を抜いて多いのは、ドイツからの視察団だ。OECD調査で3分野とも20位前後とふるわなかった。オーストリアなどの周辺国よりも下位だった。
 
 「こんなにひどいとは。教育優等国という自負が崩れ、技術立国の将来が危うくなる」。ケルン大学のゲルハルト・グリュック教授は衝撃を語る。
 〈ドイツ教育の破局〉〈ドイツの生徒は馬鹿なのか〉。主要紙や有力雑誌に見出しが躍り、テレビでは教育特集が続く。サッカーW杯でドイツが勝ったことより学力調査の続報を大きく載せた新聞もある。
 6月下旬、ケルンの市街地にある補習塾「バルバロッサ学習教室」。2年前に開業して「成績向上90%保証」などと宣伝し、たちまち小中高生60人が集まった。
 「ドイツの学校は教師が足りず、高齢化も進んだ。公教育の質が落ちた」。講師ハンス・イエルクマンさんは言う。
 9月に迫った独連邦議会選では学力問題が争点に急浮上した。学校と言えば昼前に終わるのが常識だったが、これからは午後も授業をする学校が激増する。
 「米高校生の数学力は今やキプロスや南アフリカに劣る」。ブッシュ大統領は繰り返す。大学教育の質を誇る米国だが、小中学生の学力は中の下レベル。公立校はこぞって授業時間を延ばし、音楽や体育の授業を削る。
 「私の優先課題は三つ。1に教育、2に教育、3も教育だ」。ブレア英首相の演説は有名だ。学力向上を目指して学校ごとの点数を公表し、不振校の校長に異動を迫る。
 
 欧米を貫く動きが知育重視だとすれば、アジアの潮流はその逆、「ゆとり」重視に向かう。
 アジア経済は97年の通貨危機で失速した。牽引(けんいん)車だった日本の低迷も10年を超えた。独創をビジネスに変える米国の起業力に目を見張り、画一化教育の弱点を悟った。
 7月初め、シンガポール。65年の建国以来、「資源のない小国が生き残るには教育しかない」と詰め込み路線を走ってきた国だ。
 日本に3年先駆けて、学習内容を3割減らし、自由課題を1年間調べる総合学習を義務づけた。
 総合学習に力を注ぐタンジョン・カトン中学の場合、生徒が選んだ課題は、旧日本軍の占領史、原生林保護などさまざまだ。エスター・ライ校長(42)は「交渉力や意見発表の力が目に見えて向上した。どちらも欧米の人々に水をあけられてきた分野だ」と語る。
 教育省の鄭素霞(タイソハー)カリキュラム担当官(50)は「外国の子供と将来太刀打ちできるかどうかがカギ」と力説する。
 同じ動きは中国にもある。入試対策に偏った「応試教育」を反省し、個人の資質を伸ばす「素質教育」を始めた。教科内容を1割減らし、テーマを掘り下げる総合実践学習を始めた。
 
 各国が一斉に教育改革に乗り出す。欧米とアジアで、方向は正反対のように見えるが、望田研吾九州大教授(比較教育)は「学力の最適な地点を求めて、両極が歩み寄り始めた」と見る。
 二つの大波がぶつかりあったのが日本だ。
 「ゆとり教育は日本を滅ぼす」。文部科学省が打ち出した学校の週休2日、学習内容の3割減などに大学や財界から反発が噴き出した。世論も割れた。
 「世界を感心させてきた効率的な学科授業を日本はみすみす捨て去るのか」。比較教育学界の重鎮、米ミシガン大のハロルド・スティーブンソン名誉教授は、日本の選択を惜しむ。
 しかし、小中学生の学力が低下したという全国規模のデータはない。数々の国際調査で最上位に輝き、「学力大国」として知られた日本。OECD調査でも科学2位、数学は1位だった。
 日本の教育改革がどこに向かうのか、世界がじっと見ている。
 
 平等と均質を最大の特徴にした日本の教育のしくみが競争、個性重視に変わろうとしている。転機を迎えた教育をシリーズで報告する。まず、学力問題で何が見えてきたのかを探る。
 
 <9面に特集>
●国際通知表に一喜一憂 数学、アジア上位独占
 学力の国際調査で、世界各国の成績は、どう推移してきたのか。いま関心が集まる経済協力開発機構(OECD)の調査と、40年近くの実績があり、データの信頼度も高い国際教育到達度評価学会(IEA)による数学・理科調査から「国際通知表」を追ってみた。
 OECDの調査は32カ国が参加、00年に初めて実施され、昨年12月に結果が公表された。
 経済や開発を担うOECDが教育に着目したのは、人的資源開発が労働市場や経済発展と密接に関係するからだ。
 対象は国際的に義務教育がほぼ終わる15歳。世界で26万5千人が対象となり、読解力、数学、科学の3分野でテストを受けた。設問は、必ずしも学校のカリキュラムの範囲にとどまらない。実生活で直面するような問題も取り上げている。
 64年から理数系で計8回の調査をしているIEAはオランダに本部を置く非営利の国際学術研究団体。各国に共通するカリキュラム内容の定着度をみる。最近の参加国は先進国を中心に40前後にのぼる。理数調査の対象は、小4、中2、高3相当の学年が基本だ。
 IEA、OECDとも、同じ問題を各国語に訳して、同年代の子供にいっせいに受けさせる。
 
 OECDの調査で、おもな成績は別表の通りだった。日本は、OECDが重点を置いた読解力で8位、数学は1位、科学は2位。IEAの調査には、日本は第1回から参加、数学、理科ともトップクラスの成績を維持してきた。
 これまでの順位で、日本は若干下降しているが、「統計的に差があるかないかを考えれば、トップグループの一角を占める」と、国立教育政策研究所の渡辺良・国際研究協力部長は解説する。
 OECD調査で注目されるフィンランド。教育省のキルシイ・リンドルース初等中等教育部長は、「90年代半ばの改革で、自治体や学校の権限を大幅に増やした。これにより教師間の連携が活発化した。いつも読み書きと数学に力を入れてきたことも要因」と話す。
 「子どもたちが能力や勉強する科目で振り分けられず、平均化した教育を受けられる」ことも理由としてあがる。10歳前後で進路が分かれるドイツと対比して語られる。
 揺れるドイツはIEA初回の64年(当時は西ドイツ)は数学が4位だったが、95年には数学、理科とも20位前後。「低落傾向」がはっきりする順位だったが、理数に限られたデータだったため、今回のような騒ぎにならなかったという。
 米国は20位近辺が多い。小学生に限ると95年の理科で韓国、日本に次ぐ3位につけ、米政府は「教育改革の成果が出た」と喜んだ。しかし、その時の受験者が中学生になった時点で実施された99年の追跡調査では、理数とも中位に下がり、教育界を落胆させた。
 英国は、上昇している。ソフトウエア産業の急成長で「IT(情報技術)先進国」と位置づけられるインドは調査にほとんど参加していない。
 
 数学を見ると、アジア地域の強さが際だち、95年はシンガポール、韓国、日本、香港で4位までを占めた。99年には台湾も加わって5位までを独占した。アジア好成績の理由について、渡辺部長は「学習指導要領が国全体で実施され、比較的均等な教育になっていること」を挙げる。アジアのほかに比較的上位で安定しているのは、オランダ(理数とも)などだ。
 
◇「考える力」という原点 高橋庄太郎(社会部)
 ここ6年ほど教育の取材に携わってきた。ちょうど学習指導要領の改定期に重なり、経過をつぶさに見る立場にあった。
 学力低下批判が広がり、いま新指導要領は逆風にさらされている。3、4年前とは風向きが全くちがう。メディアの論調を含め、その変わりように戸惑いさえ覚える。
 「ゆとり」教育を礼賛するつもりはない。例えば、ゆとり重視から宿題を出さない学校が増えた。「学ぶ力」が細る一因になりかねない。しかし、「勉強だ」「補習だ」のかけ声で状況が改善するとも思えない。
 学力低下論議の中でかすんだが、日本の教育で何が欠け、どう改めるかの原点に戻り、手がかりをさぐってみたい。
 日本に限らず、米、仏、豪などの先進各国にとって、教育をどうするかは20年来の重大課題だ。
 3年前、独・ケルンで開いた主要国首脳会議も、「21世紀は教育を抜きに考えられない」とブレア英首相が呼びかけ、教育問題を取り上げた。
 各国の公教育には1世紀以上の歴史がある。「量」は拡大した。しかし、「質」は後回し。長い歴史ゆえの制度疲労を抱えている。
 日本は進学率の急上昇によって、2人に1人が大学、短大に進む「教育大国」に発展したが、いじめ、校内暴力などの病理現象が噴出した。知識詰め込み教育が続き、自分の頭で考える力が十分に育たなかった。
 20年ほど前、著名ジャーナリストが、受験競争過熱への批判から「軍縮」ならぬ「勉縮」を提案し、広く支持された。思考、表現力が乏しく、国際社会で見劣りする日本型秀才……事態はそう変わっていまい。
 新学習指導要領の目玉、総合的な学習の時間(総合学習)には、そもそも教科書がない。子どもが自ら考える問題解決型の学習を通じ、学力の育成をめざす。
 社会の側がそういう力を求めている。質の高い法律家を養成する法科大学院(ロースクール)構想は、司法試験の競争が過熱し、ひたすら知識を詰め込む勉強のマイナス面が現れる中から生まれた。最近の大学医学部も、具体例で何が問題かを考える少人数学習を大幅に採り入れている。
 新学習指導要領の命運は、総合学習の成否で決まる。かぎは、工夫をこらし、遊びに流れない、意味のある学習に仕立てられる教師がどれだけいるか。今はまだ10人中1、2人……教師たちからも心もとない実態が伝わってくる。
 以前に比べ、教師の自由度が格段に広がっている。白いカンバスにどんな絵を描くか。総合学習に象徴される通り、創意や熱意の個人差は大きくなっている。がんばる教師を相応に評価し、処遇する道を考えてもいい。
 これからの学校にふさわしい人材を得るために、形式化した教育実習を改め、教師の養成・採用・研修の各場面を見直し、有機的に結びつけるのも差し迫った課題だ。
 
○各国首脳はこう語った
◆子供への支援、明らかに失敗した シュレーダー独首相
 ドイツのように文化的な伝統、政治的・経済的な地位を持った国がなぜ世界のトップ集団にいられなくなったのか。フィンランドやスウェーデン、カナダといった国々が、教育改革が必要とされるときに実行してきた一方で、ドイツは子どもたちが必要とする支援を与えることに明らかに失敗した。(今年6月、独連邦議会で)
 
◆能力の低さ、目を背けてはいけない ブッシュ米大統領
 米国の子供たちの読み書き能力の低さから目を背けてはいけない。先進国で算数と理科のテストをすると米国の順位はとにかく低い。この二つは将来の国際競争力に直結する科目なのに。学力がすぐれているかどうかは国民的な問題だ。今や大統領の最優先事項と言ってもよい。(01年1月、教育政策の発表会見で)
 
◆純国内的に完結できない ゴー・チョクトン・シンガポール首相
 これからの時代、教育はもはや純国内的に完結させることはできない。教育は新しい時代にも通用する魚のとり方を国民に教えるもの。同じ種類の魚を同じ方法でとる昔ながらの漁法だけを教えてもだめ。違う季節に違う魚を新しい方法でとるやり方を教えなければならない(00年4月、アジア太平洋経済協力会議の教育相会議で)
 
◆1に教育、2に教育、3も教育だ ブレア英首相
 私の政権には三つの優先課題がある。順に申し上げよう。1に教育、2に教育、3も教育だ。教育水準を国際比較すると、英国の順位は35位と出る。全学年で早急に大胆な改革をしないといけない。すべての小学生がちゃんと読める力をつけて卒業できるようにする。11歳児向けに3週間の集中読解講座を設けたい。(96年10月、英労働党大会で)
 
◆小中学校は宿題の量を減らすこと 朱鎔基・中国首相
 生徒の質を向上させるための努力が必要だ。全学校の全学年で生徒の実用的な能力を伸ばさなければならない。小学校や中学校は宿題の量を減らすこと。そうしないと子供たちの知力、体力、審美力を向上させられない。現実問題として、どの学校でも寮や食堂、教諭陣の充実を図らなければならない。(00年3月、全国人民代表大会で)
 
◆「確かな学力」と「心の教育」充実を 小泉純一郎首相
 少人数授業や習熟度別指導の推進、教員の資質向上などにより、「確かな学力」の育成を図るとともに、「心の教育」の充実を目指す。学校週5日制の完全実施を踏まえた活動の場を拡大する。国際的に競争力のある独創的な研究の推進や人材の育成など、知的基盤の拡大を図るための大学の構造改革を目指す。(今年2月、施政方針演説で)
 
 <意見募ります> 学力問題や教育、この連載についてのご意見をお寄せ下さい。〒104・8011 朝日新聞「転機の教育」取材班。ファクスは03・3542・4855、メールはsyakai4@ed.asahi.comです。
 
○「学力」順位 世界地図(IEAとOECDの調査から)
 <表の見方> 数字は調査の順位。IEA調査は中学生の結果を抜粋。−は不参加。カッコ内の数字は比較対象となった国/地域数)
 
◇IEA数学調査(00年分のみOECD調査・数学的分野)
  1964年 81 95 99 00
  (12) (20) (41) (38) (31)
日本 2 1 3 5 1
韓国 2 2 2
シンガポール 1 1
イギリス 5 11 25 20 8
フランス 8 4 13 10
ドイツ 4 23 20
ハンガリー 3 14 9 21
フィンランド 11 12 14 4
ロシア 15 12 22
オーストラリア 9 16 13 5
米国 10 14 28 19 19
◇IEA理科調査(00年分のみOECD調査・科学的分野)
  1970年 83 95 99 00
  (18) (26) (41) (38) (31)
日本 1 2 3 4 2
韓国 10 4 5 1
シンガポール 18 1 2
イギリス 9 16 10 9 4
フランス 28 12
ドイツ 5 18 20
ハンガリー 2 1 9 3 15
フィンランド 11 6 10 3
ロシア 14 16 26
オーストラリア 3 13 12 7 7
米国 7 19 17 18 14
 
■00年OECD調査の順位
  【読解力】 【数学的分野】 【科学的分野】
1 フィンランド 日本 韓国
2 カナダ 韓国 日本
3 ニュージーランド ニュージーランド フィンランド
4 オーストラリア フィンランド イギリス
5 アイルランド オーストラリア カナダ
6 韓国 カナダ ニュージーランド
7 イギリス スイス オーストラリア
8 日本 イギリス オーストリア
9 スウェーデン ベルギー アイルランド
10 オーストリア フランス スウェーデン
11 ベルギー オーストリア チェコ
12 アイスランド デンマーク フランス
13 ノルウェー アイスランド ノルウェー
14 フランス リヒテンシュタイン 米国
15 米国 スウェーデン ハンガリー
16 デンマーク アイルランド アイスランド
17 スイス ノルウェー ベルギー
18 スペイン チェコ スイス
19 チェコ 米国 スペイン
20 イタリア ドイツ ドイツ
21 ドイツ ハンガリー ポーランド
 
 (IEA<国際教育到達度評価学会>は64年から99年まで数理で各4度実施。OECD<経済協力開発機構>は00年に初実施。試験はいずれも各国語で出題された)


 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。





サイトに関するご意見・ご質問・お問合せ   サイトマップ   個人情報保護

日本財団会長笹川陽平ブログはこちら



ランキング
注目度とは?
成果物アクセスランキング
11位
(28,647成果物中)

成果物アクセス数
493,444

集計期間:成果物公開〜現在
更新日: 2017年3月25日

関連する他の成果物

1.私はこう考える【北朝鮮について】
2.私はこう考える【中国について】
3.私はこう考える【ダム建設について】
4.私はこう考える【死刑廃止について】
5.私はこう考える【公営競技・ギャンブル】
6.私はこう考える【天皇制について】
7.私はこう考える【国連について】
8.私はこう考える【自衛隊について】
9.私はこう考える【憲法改正について】
10.私はこう考える【イラク戦争について】
  [ 同じカテゴリの成果物 ]


アンケートにご協力
御願いします

この成果物は
お役に立ちましたか?


とても役に立った
まあまあ
普通
いまいち
全く役に立たなかった


この成果物をどのような
目的でご覧になりましたか?


レポート等の作成の
参考資料として
研究の一助として
関係者として参照した
興味があったので
間違って辿り着いただけ


ご意見・ご感想

ここで入力されたご質問・資料請求には、ご回答できません。






その他・お問い合わせ
ご質問は こちら から