2002/04/07 朝日新聞朝刊
国際競争力 個人の才能重み増す(転機の教育:2)
東京都北区の名和賢治さん(32)は2年前、6年半勤めた三菱商事を辞めた。企業エリートのパスポートといわれるMBA(経営学修士)を取得しようと、一橋大が開設したばかりの国際企業戦略研究科へと進んだのだ。
「企業の寿命が30年ともいわれる中で、会社にしがみつくよりもキャリアを磨きたかった」
国立大初の専門大学院である同研究科は、実際の企業の事例を基に財務やマーケティングなど経営の知識を教える。世界を意識している授業はすべて英語だ。
竹内弘高・同研究科長は「日本経済の復活には第2のソニーやホンダを生むイノベーション(技術革新)のリーダーとなる人材が必要だ。それには高度で実践的な教育が欠かせない」と話す。
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産業界と向き合う大学で実践的な教育が始まっている。青山学院大、慶応大などでもMBAコースが開設される。
「一流大学を出て一流会社に入れば安泰」だった時代は終わった。
東大工学部では新しいビジネス教育が始まる。会計や財務、リーダーシップや国際的な商慣習を学生にたたき込む。来年4月から専門コースを設け、やがては大学院にする構想だ。
仕掛け人の松島克守・東大教授は「自分の勤める会社は本当に大丈夫なのか。工学部の学生も『経営の目』を持とうとしている」と語る。
多様な人材を求める目は海外へと向かう。日本人を中心に海外の大学生を毎年2ケタ採用する日本IBMは「自信にあふれ、論理的に話せる人が多い」(人事)と採用理由を挙げる。
「学歴無用論」を提唱したソニーは出身大学をふせた入社試験を91年から始めたが、海外の大学卒業生には例外的に大学名を記入してもらう。米国などでは「どこの大学を出たか」が大きなステータスになっている。
米ボストンで開催される企業合同の会社説明会は毎年日本人留学生5千人以上が参加する。企業側は大手邦銀やトヨタ自動車、NTTドコモなど有力企業が目白押しだ。
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そんな時代に、いわゆる「ゆとり」教育が登場した。学習内容の3割減による基礎基本の徹底と、問題解決能力を重視した「生きる力」養成を軸にした小中学校の新学習指導要領が土台だ。
「3割減」が「基礎学力の低下を招く」との懸念は強い。産業界にとっては「国の競争力にかかわる問題」と映る。
「コンピューターに欠かせない国語力・数学力のレベルが落ちれば、IT(情報技術)技術者が数多く輩出する中国やインドに国として負けてしまう」。ソフト大手の日本オラクルの丹野淳・人事教育本部長は話す。
経団連は2年前の報告書で「国民の基礎学力の高いのが我が国の強み」とする一方で、「国際化の時代には問題を解決に導く能力とプロ意識が求められる」とまとめた。
経団連人材育成委員長の浜田広・リコー会長は「画一的な教育システムでは国際競争を勝ち抜く人材は育てられない。平等より個人の才能を伸ばす教育に力を入れることが重要だ」と語る。
教育界全体への提言を経団連が始めたのは90年代半ば。「欧米に追いつけ追い越せ」で成功した日本企業がバブル後の景気低迷で行き詰まりをみせた時期と重なる。
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競争の時代と「ゆとり」教育。その教育内容は文字通りの「ゆとり」ではないが、実社会を取り巻く環境と、うまくかみ合っていない。
都市部などでは費用がかかるにもかかわらず、私立中に人気が集まる。多くは学習内容を減らさない工夫をする。
日能研、四谷大塚といった大手進学塾の調査では、首都圏の小6約29万人のうち、私立中などを今春受験した子どもは13%台。過去最高という。
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