2002/02/05 朝日新聞朝刊
未来教室 学年も時間割りもなし(攻防02年 学力はいま:下)
成田空港の近くに住む会社員鈴木武人さん(59)は冬休み、寮生活から一時帰宅した中学校1年の一人娘、珠生さんに驚いた。暇さえあれば机に向かって本を読んでいる。小学校時代はマンガばかりだったのに……。
「学校で、これほど変わるのか」
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珠生さんは、千葉県木更津市の暁星国際小中高(約830人)が昨春新設した「ヨハネ研究の森コース」に入った。
在籍者は小3から高2までの10人。朝7時半のトイレ掃除から1日が始まる。休憩や食事をはさみ、夜10時まで問題集を解き、インターネットで調べ学習をする。学年の区別や時間割りは事実上ない。数学ばかりやっていても、途中でうとうとしても構わない。先生が教え込むことはほとんどない。
本を読むことが奨励される。教室の壁は、本で埋まる。百科事典や米国の教科書が、世界文学全集や松本清張、吉川英治の小説と一緒に並んでいる。珠生さんは50冊読んだが、少ない方だ。
中1の野口卓也さんはハリー・ポッター第1巻を原書で読んだ。翻訳を6回繰り返し読んだ後で、辞書を頼りに挑戦したら10日ほどで読めた。
原型は宮城県利府町にある私塾だ。外国語重視の学校づくりをしてきた田川茂校長(76)が視察。哲学書や英語の原書を当たり前のように読んでいる姿に「これぞ学びだ」と、そのまま取り入れた。文部科学省の「研究開発学校」となった。
入学者は小論文や面接で選ぶ。人物評価が中心のAO入試で大学を目指す。外国の大学も視野に入れる。
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成蹊大学法学部1年の内田万里子さん(19)はリポートの度に、四苦八苦している友だちが多いのが不思議だった。
「なぜ困ってるの。私、中1からやってたよ」。友だちが驚いた。「えーっ、信じられない」
東京大学教育学部付属中等教育学校が内田さんの出身校だ。学級単位や個人で一つのテーマを掘り下げる総合学習に力を入れている。
内田さんは、集大成の卒業研究に「目の見えない人のための絵本づくり」を選んだ。支援団体や盲学校を訪ねた。約40人に話を聞きまとめた。「あの体験は今の自分の自信になっている」という。
東大付属の偏差値は平均の50に届かない。しかし、2年前から有名進学校に行くため、入学を辞退する子がいなくなった。「東大への優先枠はあるんですか」という問い合わせもめっきり減った。
名古屋大学教育学部付属中高も、東大付属と同じような道を歩む。
同校出身の三重大生物資源学部1年科野(しなの)孝典さん(19)は「二酸化炭素の循環」をテーマに決め、高1から卒業まで、名古屋大学の小川克郎教授(地球環境科学)の研究室に通い詰めた。
高3で大学院で習う数学の基本までたどり着いた。小川教授は「彼は特別なのか」と付属の先生たちに聞いてみた。「中の上ぐらいです」という答えにうれしくなった。
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東大付属に、娘2人を通わせた蔵原清人・工学院大教授(学校制度論)は言う。「子どもは自分で考えられる。発想さえ変えれば、公立校でも十分できる」
木更津市教委の篠原和行主幹(46)は「ヨハネの森」の授業を2度見た。学年も時間割りもないのでは、いまの公教育に取り入れるのは難しい。しかし、気になって仕方ない。1年後、2年後どうなっていくのか、ずっと見続けたいと思う。
(池田敦彦、池田孝昭、中川仁樹、水野雅恵、森北喜久馬、山岸達雄が担当しました)
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