2002/02/03 朝日新聞朝刊
かすむ「ゆとり」 私立が授業増(攻防02年 学力はいま:上)
「4月から7時間授業にします」
「英語は公立の倍になります」
東京で私立中学校の入学試験が迫った1月末、順心女子学園の久保田武校長(70)は、渋谷に近い学習塾で力説していた。
「休みの土曜日にも補習をします」
「できない子には、生徒3人に先生1人の授業もあります」
事前の予約はしていない。この日は五つの塾に次々と飛び込み、中学校での改革について熱弁を振るった。
私立の訪問には慣れている塾側はそろって驚いた。「こんな時期に、しかも校長自らとは初めてです」
中高一貫の順心の志願者は8年連続で定員割れ。中学は本来3学級だが、ここ3年の入学者は30人足らずで1学級しかできない。偏差値は振るわない。
学力超重視の方針で、立て直しを目指す。塾や区立中学校への行脚は校長になった昨春から、のべ300カ所を超えた。
もともとは都立高の校長。都立の「最底辺」校を立て直したことで知られる。奮闘ぶりはテレビドラマにもなった。そこを理事長に請われた。
東大合格3けたの進学校でも教えた経験がある。「ここの生徒はまじめ。じっくり丁寧に見れば、伸びる」とみた。
「春から毎日7時間」は朝礼で通告した。生徒たちは「ぞっとした」。だが、学力重視に世間の目は違った。今年の志願者は昨年より、高校の推薦入試で7割以上、中学入試でも5割増えた。
佐賀県基山町、開校14年目の中高一貫校、私立東明館の執行(しぎょう)昭男校長(63)も、3年前まで福岡県立の進学校の校長。「古典文法の神様」とも呼ばれる。そこを買われた。
やはり学力超重視だ。中2、中3では、4月から内容が3割減る教科書ではなく、古い教科書を使い続ける。「公立の進学校はいくらもある。進学実績が下がれば、たちまち受験生は減る」
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4月から始まる新学習指導要領の「ゆとり教育」。素直に従わない私立は多い。
札幌市の私立中高一貫校、北嶺の小林敬校長(59)は、追い風を感じる。「大学入試で学力試験が続く以上、学力を早くつけてやることが本当のゆとりだ」
開校16年目。母体の学校法人は札幌市で別の高校を経営する。そこを衣替えすることも考えたが、情報会社リクルートに市場調査を頼んで新設した。塾回りを徹底して繰り返し、生徒を呼び込み、進学校として知られる存在になった。
大阪市の大阪学芸も6年前、「成器」高校から校名を変え、中学を併設して実績づくりを目指す。宿題まで習熟度別という徹底ぶりだ。
ゆとり教育の最大の柱は、生きる力を養う「総合的な学習の時間」だ。教科書がなく、各校が悩むなか、「そんな時間は取り込まない」と東京の中高一貫校、八雲学園は宣言した。
東京都私学部の要請を振り切っての決断。近藤彰郎校長(55)は「週に数時間やるだけで、生きる力がつくわけがない」と明快だ。
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学力重視に、親の意識も重なる。
神奈川県の公立小3年の双子の息子をもつ主婦(42)は、持ち家を貸して、私立中がたくさんある横浜に引っ越すかどうか迷っている。
「宿題は」と聞くと、「漢字2行」とか「ないよ」。何を勉強しているのかも分からない。
自分の公立中時代、いろんな境遇の友だちがいて楽しかった。息子たちも大学まで国公立でと思っていたが、基礎学力すらつかない気がする。
2月から週に1度、塾へ通わせる。授業を少し先取りして教えてくれ、「受験にも公立進学にも対応できる」とうたう中堅どころだ。
都内に住む公立小の事務職員(45)。勤務先では、子どもを私立中へ進学させる先生が少なくないという。「時間も内容も減るんじゃ、私立と差がつく一方です」
文部科学省によると、4月から土曜を毎週休む私立は7割。東京や大阪では半数に過ぎない。突っ走る私学の前で、ゆとりがかすむ。
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小中学校で教える内容が大幅に減る02年春。「学力」をにらんだ学校の攻防を追う。
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