2000/07/28 朝日新聞朝刊
基本法をあげつらうより 教育改革(社説)
森喜朗首相の私的諮問機関である「教育改革国民会議」の三つの分科会が、審議の報告を公表した。
その内容は多岐にわたり、開かれた学校への志向や異年齢交流の促進など、うなずける点もある。しかし、いくつかの重要な点で、危うさを覚えざるを得ない。
教育基本法について、第一分科会は「改正が必要であるという意見が大勢を占めた」と述べ、見直しに積極的な姿勢を示した。
「基本法では、個人や普遍的人類などが強調され過ぎ、国家や郷土、伝統、文化、家庭、自然の尊重などが抜け落ちている」といった理由による。
考えてもみたい。
一九八九年に国連で採択された「子どもの権利条約」に見られるように、世界は、子どもを個人として尊重し、また、環境問題など地球市民としての自覚を促している。教育基本法は、その方向に沿っている。
国家や伝統をあえて強調する改正論は、こうした流れに逆行するものではないか。
現在の教育は大きな課題や悩みを抱えている。いじめや不登校、学級崩壊など深刻な問題にどう対応し、事態を改善していくか。教育基本法の問題点を並べ立てる前に、できること、なすべきことは多いはずだ。
今回の報告自体も「基本法改正が教育をめぐる諸課題の解決に直ちに結びつくものではない」としている。基本法の改正を急ぐやり方は、かえって教育を混乱させ、本当の課題の解決を遠のかせる心配がある。
第一分科会は、「将来的には十八歳のすべての国民に一年間の奉仕活動を義務づける」ことも提案した。
奉仕とは、一人ひとりの自発性によって成り立つものだろう。公共心を培うことは大事だが、国家が一律に奉仕を押しつける発想は乱暴にすぎる。
理念やあるべき姿を強く主張する半面、報告には、現場に根ざした教育環境の整備といった視点が希薄だ。例えば、学級崩壊に直面している教師や親からは、少人数学級化と教員増についての要望が強い。
この問題を取り上げた第二分科会は「校長がクラス編成を弾力的にできるようにする」と述べるにとどまっている。また教員数を増やす必要に触れながら、増員規模や財源措置への言及はない。
委員によれば、「教員数は不十分との意見と、(各校の)『企業努力』が足りないのでは、との意見があった。議論はその程度」だったという。
受験競争の改革も焦点の一つである。
この点について、第三分科会が提案した内容は「大学入学年齢制限の撤廃」「入試の多様化の推進」程度だった。入試の多様化はすでに進んでいるのに、都市部などでは、受験競争はなお過熱したままである。
教育改革国民会議は九月に中間報告を出すという。それまでには、まだ時間がある。
委員の人たちは、現場の教師や子どもたち、そして親たちの生の声に、もっと耳を傾け、実のある改革をめざしてほしい。
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