2000/05/20 朝日新聞朝刊
見送りは納得できない 30人学級(社説)
公立小中学校の一学級の児童、生徒数は「上限四十人」のまま維持するのが妥当――学級規模や教職員の配置を検討してきた文部省の協力者会議が、中曽根弘文文相にそうした内容の報告を行った。
これを受けて文相は、この先五年間は上限を変えない方針を発表した。
後ろ向きで、教育改革の流れに沿わない決定だといわざるをえない。
総合学習などで子どもたちの多様な個性を伸ばし、先生と子どもが深くふれあう教育環境をつくるには、「三十人以下学級」の実現が望ましい。学級崩壊などに苦しむ先生からも、それを求める切実な声が聞かれる。
教職員組合や親たち、政党や自治体などのほか、首相の私的諮問機関である教育改革国民会議の場でも、メンバーから少人数学級の早期実現を求める声が強まっている。文部省はなぜ、方針転換をためらうのか。
確かに四十人は上限で、実際の一学級当たりの人数は全国平均で小学校二十七・二人、中学校三十二・四人となっている。だが、三十一人以上の学級がなお小学校で五割、中学校では八割を占めているのも事実だ。
文部省は、学級人数が少なすぎるとかえって支障が出ることや、少人数化に伴う教職員増をまかなう財政負担の大きさを、現状維持の理由に挙げる。文相は、「学級の枠組みにとらわれずに少人数の学習集団を編成したり、新設する二万数千人の教職員の増加枠を活用したりすれば、きめ細かな指導も可能になるはずだと判断した」と語った。
学習集団を柔軟につくるのが大切なのは、その通りである。ただしそれは、学級規模の縮小とあいまってはじめて生きる。
つまるところ、真の理由は財政負担であろう。公立小中学校を三十人以下学級とするには、新たに約十二万人の先生が必要となる。国、都道府県合わせて約一兆円の負担増である。これに対し、文相が打ち出した二万人余りの増加なら約二千億円の負担ですむ。
教育環境の改善のための抜本的な対策に取り組まず、運用面の工夫だけで当座をしのごうという安易な発想がうかがえる。
千葉県浦安市など一部の自治体では、独自に予算措置を講じ、非常勤講師を採用している。そうした現場で聞くのは、「久しぶりに新採用教員が学校にきて、自分自身の日ごろの教育を見直す絶好の刺激になった」といったベテラン教師たちの声である。
そうした試みも念頭に置いて文相は、各都道府県が自主的に学級規模を縮小することは認めた。しかし、国庫補助の標準は変えないため、どれだけ広がるかは疑問である。
財政負担の問題は、九兆円を超える公共事業費を例にとるまでもなく、予算をどの分野に重点配分するかの選択であろう。
米国や英国では、小学校低学年の学級人数の上限を十八人や三十人にするための取り組みが始まっている。二十一世紀に向けて力強い社会をつくるには、その基盤である教育の充実こそ重要だとの考えに基づく。
今からでも遅くはない。文部省は長期的な視野に立ち、三十人学級をめざすべきだ。
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