日本財団 図書館

共通ヘッダを読みとばす


Top > 社会科学 > 政治 > 成果物情報

私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1998/01/07 朝日新聞朝刊
学び合いの共同体を 「新たな価値を求めて」(社説)
 
 ――先生
 いただいた賀状に引用された詩は、リルケ。むろん覚えています、はるか昔、教室でよく朗読してくださった声色までも。
 〈いつ果てるとも知れぬ学校の一日のながいながい不安、ああひとりぼっち〉
 これは、わたしが先日「学級崩壊」といったむきだしの言葉で教育のいまを嘆いたことへのお返事でしょうか。子どもたちの心のうちに思いをはせよかし、というお声が聞こえてきそうです。
 でも、学級の崩壊はいま小学校にまで広がっています。知り合いの女性教師の体験は、こんなものでした。
 都内の山の手の学校に転任して、すぐ五年生を担任させられたそうです。あとで聞けば、だれも引き受け手がいなかったのだとか。初日、教室の入り口には足をからめとるひもが張られ、黒板ふきが頭上に仕掛けられていました。昔もよくあったいたずらを思い出しますが、しーんと静まりかえった子らのようすは違いました。
 次の日から、口を突いて出る「ムカつく」「死ね」「女は黙ってろ」の叫び。授業中の徘徊(はいかい)や本棚の破壊。わけもなくけりつけてきた子を全身で床に押さえつけて鎮めましたが、その子は前の担任のおなかの赤ちゃんをけったことがありました。
 三十年近い経験をもつこの教師は、全校いっせいの音楽集会で五、六年生が口をつぐんで歌おうとしない光景を見て「かつてない非常事態」を知ったのです。
 
○遁走する子どもたち
 愛情不足をお金で補う父母。成績一辺倒と学校不信。学級王国に閉じこもる教師たち。塾通いの子と授業の分からない子とが、足並みそろえて背を向けていく。
 「大人にやらされている、何もかも。子どもたちがそう思っているところにすべての根っこがある」と、彼女は言いました。
 強制された勉強から、子らは遁走(とんそう)しているというのです。
 ――先生
 学校は、なぜ、いつから子どもたちの失楽園と化したのでしょう。
 アダムとイブが天上の楽園を追われたのは、知恵の実を食べたためでした。子どもたちは、知恵とは似て非なる知識を詰め込まれ、点数に追い立てられています。
 文字言語を厳しい意思で拒んできた部族の人びとがインドにいます。文字は文献を生み、それを管理する神官、さらには役人と政治家をつくり出すことになる。だが、そんなものは要らない、必要な情報文化は身体言語に取り込んで残せばいい、と考えるからだといいます。
 文化人類学者の山口昌男さんが自分で確かめたところでは、そこには「学校」はなく、子らにはフラストレーションがほとんど観察されないというのです。
 このことは、私たちの社会のありように照らしてみると、一つの寓話(ぐうわ)のように思えます。
 知識の多寡が生涯の幸不幸を決めるという思いこみは、「学問は身を立てる財本(もとで)」と宣言した明治五年の学制公布にさかのぼります。学力の蓄積が貨幣の蓄えと同じだとは、なんと簡明な思想であることか。
 西欧ふうの近代化を急ぐ政府は人材を求めて国民に立身出世をすすめ、画一的な注入教育の道をひた走ってきました。子どもたちから、子どもらしい夢と子どもらしい時間の流れを奪いとりながら。
 いま大人たちは、またまた欧米との競争をにらみ、こんどは「学歴社会ではやっていけない。子らに創造性を」の大合唱です。なお受験や就職を子どもへのムチとして使い続けながらのことです。これでは、これまでの「良い子」たちも新たな幸福目標を探しあぐねるような気がします。
 どう見られているかに過剰反応し、自我を育て忘れた子らが、「別にぃ」と発する絶望の深さは、例えようがありません。他方、偏差値序列の勝者に安住し、したり顔に世を渡ろうとする若者がいます。
 
○もっと理想を語れ
 現実にしばられない想像力と創造力こそが、この社会を変える原動力となります。大人たちは、胸の奥に埋めてある理想の火種を掘り起こし、冷笑ではなく勇気をもって子らに語るべきときだと思うのです。
 ――先生
 日本で最初に生まれた公立の小学校が、なんと健在です。慶応から明治に変わったその年に、当時の柏崎県が認可した小千谷校・振徳館。特産の縮織物商人・山本比呂伎がつくった小学校ですが、いまの新潟県小千谷市立小千谷小学校に引き継がれ、昨秋、創立百三十周年を祝いました。
 その由来と理念を構成劇「学校の創生」として、千人の子どもと先生に父母ら二百人も加わった大合唱劇団が演じ、歌い上げました。二つの主題曲の作詞は、子どもたちといっしょに東大教育学研究科教授の佐藤学さんが受け持ちました。
 百三十年も前に創設者が掲げた教育原理に、佐藤さんは共感し、その理念を再生させるべく力を傾けている先生たちを実地に支援してきました。
 創設者はこう説きました。「子どもたちを決して急いで追い立てることなく、いたわり引き寄せて、悠々のびのびと学ばせ、天性の真を一人ひとりに育てあげる」と。彼はのちに、例の「財本」をめざす国の学制を拒んで学校を去るのですが。
 この日本一古い小学校が「日本一新しい教育」に挑んで、ほぼ三年がたちました。めざすのは「学び合う共同体」です。
 記念劇は、その成果の結晶というにふさわしいものでした。
 
○参観から参加へ
 この学校では、父母たちが先生の助手を務めています。それぞれの仕事や生活の知恵を生かして、授業作りに加わるのです。先生とのチームティーチング。月に数日、学習参加と呼ぶこの日には父母の七割がやってきます。ふだんでも、いつ、どの教室でもサポートに入ることができます。
 教室にほかの大人がいると、不思議にそこの空気が和らぐ、と校長の平沢憲一さんも佐藤さんも言います。教師も子どもたちも親も、みんなが変わりました。
 子どもは、教えかつ学ぶ父母の姿の「大きさ」を目の当たりにし、社会との接点で発見の喜びを知ります。「だれそれのお父さん、大工さんで、カッコいい」というように。父母は教師と子が直面する困難を経験し、わが子中心の視野の狭さを乗りこえていく、というぐあいです。
 参観から参加へ。
 「開かれた学校」の実現は、教育改革の成否を握るだけではありません。「学び」を一つの接着剤として、家庭と地域と行政が織りなす暮らしの共同体を復興させる試みそのものではないかと思うのです。


 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。





サイトに関するご意見・ご質問・お問合せ   サイトマップ   個人情報保護

日本財団会長笹川陽平ブログはこちら



ランキング
注目度とは?
成果物アクセスランキング
11位
(29,236成果物中)

成果物アクセス数
496,408

集計期間:成果物公開〜現在
更新日: 2017年11月18日

関連する他の成果物

1.私はこう考える【北朝鮮について】
2.私はこう考える【中国について】
3.私はこう考える【ダム建設について】
4.私はこう考える【死刑廃止について】
5.私はこう考える【公営競技・ギャンブル】
6.私はこう考える【天皇制について】
7.私はこう考える【国連について】
8.私はこう考える【自衛隊について】
9.私はこう考える【憲法改正について】
10.私はこう考える【イラク戦争について】
  [ 同じカテゴリの成果物 ]


アンケートにご協力
御願いします

この成果物は
お役に立ちましたか?


とても役に立った
まあまあ
普通
いまいち
全く役に立たなかった


この成果物をどのような
目的でご覧になりましたか?


レポート等の作成の
参考資料として
研究の一助として
関係者として参照した
興味があったので
間違って辿り着いただけ


ご意見・ご感想

ここで入力されたご質問・資料請求には、ご回答できません。






その他・お問い合わせ
ご質問は こちら から