1985/07/28 朝日新聞朝刊
次に来るもの 無気力化招く管理(「いじめ」が問うもの:5)
7月11日、首相官邸で開かれた政府・与党教育改革推進連絡会議の初会合で、党側は「来年の第2次答申では、非行や教育荒廃に立ち向かえるような改革案が出されるのを期待している」と述べた。いじめ、登校拒否など教育病理現象に対する臨教審の取り組みの甘さに失望しての発言だった。
○校内暴力減ったが
中原美恵・千葉県教育センター所員と深谷和子・東京学芸大助教授が東京近郊の小学4―6年生2000人を調べたところ、3人に1人がいじめられた体験を持ち、38%の子が「先生は何もしてくれなかった」と答えた。「自分で解決しなさい」といわれた子も8.4%いた。
いじめの問題の解決のためのアピールを出した文部省の「児童生徒の問題行動に関する検討会議」のメンバー、坂本昇一・千葉大教授は、学校を訪ね歩きながら時折首をかしげることがあるという。
校内暴力は確かに減った。しかしそれは教師たちによる生徒指導の内容が充実して、そうなった訳では必ずしもない。学校と父母が「力と管理」で子供たちを抑え込んだ例があまりにも多い。それは大火を消すための、消防車の出動だった。だが、火の消えたいまも、学校には消防車が居すわったままである。
何百もある、がんじがらめの生徒規則など「管理と監視」の中で、あるいはいじめもまた抑え込むことができるかもしれない。だが、そのあと子供たちはどうなるのか。
「無気力しかないでしょう。シンナーなどの薬物に走るか、性などの享楽的傾向に行くか。それが表面化してくるのは5年後ぐらいですかねぇ」。坂本教授の見通しは暗い。
稲村博・筑波大助教授(精神衛生学)も「学校でも家でも活気がなく、非行もいじめもしない、何もしない子供たちが小学校段階からあふれるのじゃないですか。それに、うつ病、神経症、緘黙症、心の病がもとで耳が聞こえない、声が出ない、体を動かせない子が増える」。
5年後、といわず教育の現場を歩くと、すでにその兆候が見られる。
○規則さえ守ったら
東京のある区立中で最近、授業参観があった。2年生の社会科の授業の途中でベルが鳴った。先生は授業を続けたが、生徒たちは一斉にノートを閉じ、中には廊下に出た子もいた。先生は何の注意もしなかった。後で親からその理由を聞かれた先生は、校則違反ではないから、といった意味の返事をした。生徒手帳には「始業のベルが鳴ったら着席して静かに待つ」と書いてあるが、終わりのことには触れてなかった。先生も生徒も規則に従ったまでのこと……。
千葉県内のある中学校で、近くに火事があった。校庭のすぐ向こうの住宅から真っ赤な炎や黒煙が上がり、サイレンが鳴っているというのに、1年のクラスの3、4人は、机に向かったまま、何の関心も示さなかった。授業中、モンシロチョウが舞い込んできたときも、その子らは見向きもしなかった……。
子供調査にくわしい深谷昌志放送大学教授(教育社会学)は、子供が群れをつくって外で遊ばなくなったことが、いじめを深刻にさせている最大の問題点ではないか、と考えている。
○減った外での遊び
4、5年前、同教授は小学上級生について、次のような調査をした。
テレビ 勉強
福井の農村 3時間3分 29分
京都市 2時間25分 1時間30分
芦屋市 1時間35分 2時間53分
いずれの地域でも、帰宅してから寝るまで4時間前後の余暇があるのに、外遊びをする子はほとんどいなかった。
昨年9月、千葉、兵庫、新潟など6県の小学4―6年生1800人に聞いた遊びの調査では、「今年になって知らない子と仲良く遊んだこと」が一度もないと答えた子が46.9%もいた。
子供たちは昔から遊びの群れの中で、ケンカをする場合は素手でしよう、弱い子は強い子が守ろうといったルールを、身に着けていた。子供同士の付き合い方も、そこで知ったのである。そうした場を失った子供が、節度のないいじめに走るのも、当然といえなくもない。
勉強(塾)とテレビを押し付け、子供たちから群れをなす機会を奪ってしまった大人は、いま何をすればいいのか。「管理」して抑え込むのではなくて、子供の群れを再生させる努力と、その道筋を、大人たちは見つけ出さねばなるまい。
(おわり)
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