1985/07/25 朝日新聞朝刊
免罪符 先生の体罰が横行(「いじめ」が問うもの:3)
学校教育法第11条には、こうある。「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、……学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない」
○「悪い子」狙い撃ち
横浜市内のY君(12)に会った。母子家庭の一人っ子。がんばり屋で、算数が得意だったが、1年余り前の5年生3学期から学校に行くのをやめている。「○○小の恥さらし」とはやされ、みんなに殴られる、といういじめに耐えられなくなったからだ。
しかし、Y君へのいじめは、1年生の時から5年間も続いていた。その原因は、先生の体罰と差別的な態度だった。
1年生の冬。ちょっとしたいさかいでクラスの10人近くに取り囲まれ殴られた。必死に殴り返したら、だれかが「ぶたれた」と通報した。担任の先生は、教室の前に1人だけ立たせた。クラスの全員が次々に手をあげ、過去にやられたこと、文句を連ねた。Y君は約1時間耐えた末、貧血で倒れ気を失った。
6月末のプールの時間。水面に顔をつけるのをためらっていたら、うしろからいきなり頭を水中に押し込められた。水を飲み恐怖心で泣き叫ぶY君に、担任の女の先生はいった。「発狂したみたい」
2学期。ふざけていた友だちと2人で、先生にうしろ手に縛られ、2時間廊下に立たされた。昼休み中、みんなが通る給食室前の廊下に正座させられた。
登校途中、3年生とふざけていてカサの柄が相手の顔に当たった。目撃した先生は、Y君を3年生のクラスに連れて行き土下座させた。
クラス内で、次第に「いい子」と「悪い子」が色分けされていった、とY君はいう。「決まった子ばかりが体罰を受け、差別されるんです」
○大半の生徒が経験
埼玉県内の中学校で、体育祭を前にした一昨年秋のことだ。パーマをかけていたツッパリグループの3年男子6、7人を“実力のある”先生が丸坊主にした。その3、4日後、約150人の3年男子のうち5、60人が坊主頭になってしまった。ツッパリグループが先生にやられた腹いせに、おとなしい子を脅した結果だった。
少なくない親たちが、先生の愛のムチを肯定している。だが、現実には、「懲戒」の度を超えた「体罰」が加えられている。それが免罪符となって、弱い生徒への「いじめ」としてはね返っている。しかも、学校の閉鎖性ゆえに、外部にもれ伝わることは少ない。
ことし4月、今橋盛勝・茨城大教授(教育法)が教育学部の新入生を対象に体罰調査を行った。272人中263人までが先生からゲンコツ、平手打ち、正座などの体罰を受けた経験を持っていた。理由は「規則違反」「指導に反抗した」などで、秩序維持のためが65%。「先生は言い分を聞いてくれず、有無をいわせなかった」とほとんどが答えた。
文部省は、6月に出した「いじめ」対策の通知で「学校教育法の体罰禁止規定の徹底」を挙げ、今月初め開かれた日教組大会は「体罰の一掃」を決議した。そのこと自体、体罰がまんえんしていることを物語っているが、果たして一片の通知や決議で体罰はなくなるものか。
○若い先生に容認派
「文武両道」の学風で知られる東京の私大で、校内暴力が吹き荒れていた5、6年前、体育学部生に各地の教委や学校から求人が殺到。他大学では、よくて希望者の20%もいかなかったのに、約400人中300人、80%近くが採用された。2、3年前からは柔、剣道部生の紹介を求める電話が目立つ。学校の秩序維持に適材というのである。
そして先生自身の意識にも。
5月に体罰死事件の起きた岐阜県高教組が行った調査がある。――体罰容認の先生、54%。とくに採用されたばかりの20代の先生は82%が体罰派だった。
〈体罰とは〉文部省は、学校教育法が禁止している「体罰」の解釈として、昭和23年の法務当局の通達を上げている。通達は「体罰とは懲戒の内容が身体的性質のものをいい、例えばなぐる・けるのような身体に対する直接の侵害を内容とするものはもちろん、端坐・直立・居残りをさせるなどでも、疲労空腹その他肉体的苦痛を与えるような懲戒はこれに当たる」としている。
また、法務当局は翌24年にも「生徒に対する体罰禁止に関する教師の心得」として、(1)用便に行かせなかったり食事時間を過ぎても教室に留め置くことは体罰となり、学校教育法に違反する(2)遅刻した生徒を教室に入れず、授業を受けさせないことは例え短時間でも義務教育では許せない(3)授業時間中怠けたり、騒いだからといって生徒を教室外に出すことは許されない。教室内に立たせることは体罰にならない限り認めてよい(4)人の物を盗んだり、こわしたりした場合など、こらしめる意味で放課後残しても差し支えない――など7項目を挙げ、通達している。
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