2001/05/05 朝日新聞朝刊
憲法を聴く:4
島田洋一(福井県立大助教授)
――朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の日本人拉致疑惑についてどう思いますか
他国に工作員を送り込んで市民を誘拐するという明らかな侵略行為であり、現在も国際テロが続いていると認識している。拉致された市民は家族と面会も許されず、自由意思を奪われた状態で、まさに人権侵害の何物でもない。
日本は常に北朝鮮の要求通りに経済的支援を続けた。被害者を返還しなければ経済制裁をするべきだが、「あまり北朝鮮を刺激しないように」と、脅しに屈した外交政策をしてきた。
――日本国憲法は北朝鮮に対する外交政策にどう影響していますか
日本外交がここまでガッツがないのは、憲法9条と前文の呪縛(じゅばく)があるからだ。9条の平和主義によって何でも話し合いで解決しようとし、経済制裁という外交的武器を使わない。
前文で「平和を維持し(よう)と努めてゐる国際社会」と書かれているが、現状認識として間違っている。現に北朝鮮、イラクなど国際テロを起こす多くの「ならず者国家」がある。北朝鮮などの「平和を愛する諸国民の公正と信義」を「信頼」していては、私たちの「安全と生存」は保持できない。
――実際に憲法のどの点を改正すればよいと考えていますか
安全保障関係については、英文和訳そのままの前文を変え、9条の第2項を削除する。自衛隊の存在を否定するこの条文を削除しなかったため、国内で有事の際に自衛隊の車両が赤信号で止まらないといけないなど、有事法制の整備が遅れた。
――「つくる会」主導の公民教科書はどんな教科書づくりを目指したのですか
中国や韓国が批判する歴史教科書については、どんな教科書なのか全く知らない。公民の教科書は西部邁さん(評論家)が前文で指摘しているように、現在の教科書は左右のバランスが取れておらず、国際テロの記述が不足している面があると思っていた。北朝鮮の拉致問題が初めてコラムとして載るなど、最終的に良い教科書になったと自信を持っている。
――国内では最近ナショナリズムの高まりが指摘されています
98年のテポドンの発射などで世間が騒いで以降、国内でナショナリズムの機運が高まったように思う。だが、日本の核武装論など米国支配から脱却するという国家・民族主義的な発想で安全保障を考えると核不拡散条約にも抵触し、非効率で危険だと思う。
安全保障は現実の脅威に対する抑止力であり、いかに効果的に相手の攻撃を抑えるかを考える分野。現在、日本は米国と同盟関係にあり、大きな米軍の能力を利用するというのが効果的な選択だ。
北朝鮮による拉致問題では、被害者を助けるために国民は立ち上がらなければいけない。しかし、国民が他民族に警戒心を持つようなナショナリズムは不必要で、国家間の関係を悪くするだけだ。安全保障は理念や感情と切り離し、あくまでも冷めた目で政策を打ち出していく必要がある。
◇島田 洋一(しまだ よういち)
1957年生まれ。
京都大学大学院修了。現在、福井県立大学教授。
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