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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1996/05/03 産経新聞朝刊
【主張】限界にきた「なし崩し改憲」 綻びを改める勇気と英知を
 
 今年は日本国憲法が昭和二十一年十一月三日に公布(施行は翌二十二年五月三日)されてちょうど五十年の節目を迎える。この半世紀の間、現行憲法は一語たりとも手を加えられることなく存続してきた。各国の憲法事情と照らし合わせても稀有なことだが、変化が常態の現代社会にあって、理念と現実が遊離しないという理想的状況がかくも長い間続いているのなら、それは歴史の奇跡か、さもなくばその状況自体が虚構であるためであろう。
 
◆硬性憲法に阻まれる改正論
 現行憲法について日本人が尭舜の世のように満ち足りて腹鼓を打っているとは見えない。鼓腹撃壌(こふくげきじょう)なら、歴史の奇跡と評価しよう。しかしながら、現実には現行憲法は施行当初から激しい改正要求にさらされつつも、法制的に改正には各議院の総議員の三分の二以上の賛成による発議が必要という高いハードルを備えた「硬性憲法」であることが障壁となって、改正されずに残ったに過ぎない。
 「国民は改憲を望んでいるわけではない」と護憲論者はよく口にするが、決して護憲論が量的優位に立っていたわけではない。昨年の産経調査をはじめ、最近の各種世論調査は押しなべて改憲論の方が量的に護憲論を凌駕しているが、この傾向は総理府「憲法に関する世論調査」によれば、昭和三十年代初めから続いているのである。
 複雑多様化する現実に憲法規定が合致しなくなりながら、“護憲状態”が続くのでは、それは「護憲」に名を借りた“なし崩し的改憲状態”としかいいようがない。それも国の根本規範に対する「なし崩し」であるから、日本が真に法治国家かが問われてしまう事態にまで追い込まれているといっても過言ではないだろう。究極の無法状態に追い込んだ戦後社会の責任はすこぶる大きい。
 たとえば憲法第九条(戦争の放棄)との関わりで今年議論を呼んでいる集団的自衛権の行使問題を例に引こう。本紙でも五回にわたった連載企画「集団的自衛権」で指摘しているが、国連憲章五一条に「固有の権利」と規定され、日米安保条約前文などでも「固有の権利」であることを確認しているのが集団的自衛権である。それでいながら「その行使は憲法上許されない」と否定する奇妙な政府答弁(内閣法制局)の下では、日本の安全に関わる極東有事のさいに、出動してきた米軍が敵軍の攻撃にさらされても日本としては見殺しにするしかない。これでは盟約関係は崩壊する。
 
◆集団的自衛権は改憲が本筋
 産経新聞は集団的自衛権の行使を認めるべきだという立場に毅然として立つ。しかし、それを憲法改正で可能にするのか、あるいは憲法解釈を広げて可能にするのか。ここは重大な岐路である。改憲が最善策だが、現実論としては改憲が物理的に極めて困難である以上、憲法解釈で可能にするしかない。しかし、それを主張すれば「なし崩し的改憲」に手を貸すことになる。
 戦後社会は憲法をあまりにも恣意的に運用してきた。昭和二十一年の憲法制定議会当時、吉田茂首相は第九条について「自衛権の発動としての戦争も、又交戦権も放棄した」と説明している。共産党の野坂参三氏(当時)が「(自衛戦争をも)放棄する必要はない」と水を向けても、吉田首相は「近年の戦争の多くは国家防衛権の名に於いて行われたのは顕著なる事実」といい、「ご意見の如きは有害無益の議論」と切り捨てている。
 それが五十年の歳月の中で警察予備隊が生まれ、保安隊、自衛隊に姿を変え、日米安保条約が締結され、今日集団的自衛権の行使がこの憲法で可能か否かが論議されるに至っている。第九条は何一つ変わっていないのにである。
 この先、どこまで融通無碍に進むのだろうか。極論すれば、周辺情勢次第によっては自衛のためなら核兵器保有も徴兵制もこの憲法で可能という解釈になりかねない。「護憲」のもとに今なお「なし崩し」が進行しているのである。
 これをもって「護憲」というなら、護憲論はすでに実質的に破綻をきたしているのだ。本来なら「護憲」の政党だった社会党(現社民党)が自衛隊合憲、安保認知に転換した平成六年夏の時点で護憲の“破産宣告”をなすべきであった。日本の軍拡を憂慮し、アジア諸国の懸念を払拭したいというのなら、「なし崩し」に手を貸すことではなく、堂々と「改憲」に転換して歯止め措置を明文化することこそ平和主義者の王道というものである。
 
◆「改憲論者=タカ派」は欺瞞
 「護憲=ハト」「改憲=タカ」のイメージに拘泥している限り、護憲論者に改憲を勧めても聞く耳は持たないだろうが、実は改憲論者が「タカ」だという証拠は意外に希薄である。それは憲法施行以後、示されてきた数々の改憲試案を見れば自明である。
 古くは昭和二十九年の自由党要綱案。一切の侵略戦争の放棄を前文に明記し、首相に最高指揮権を持たせた最小限度の軍隊の保持を求めている。同年の改進党案は戦力は必要としつつも軍事費が国民生活を圧迫することがないよう釘を刺し、また軍に対する国会の優位性をうたっている。ともに集団(共同)防衛体制への参加も明記ないし示唆している点、今日的でもある。
 昭和三十年の自民党「憲法改正の問題点」には自衛のための最小限度の軍備は保持し得るよう改めるとしつつ、「一部には、海外派兵、徴兵制度等の実施を目的として改正を企てているものの如く憶測する者があるが、これはわれわれの真意を誣(し)いるも甚しいものである」との文言も見える。
 侵略戦争の否定、文民統制などは最近、公刊された試案(自主憲法期成議員同盟・自主憲法制定国民会議編「日本国憲法改正草案」、西部邁「私の憲法論」、小林節「憲法守って国滅ぶ」、読売新聞社「読売改正試案」、木村睦男「平成の逐条新憲法論」)に共通しており、これらの中に軍国主義復活をうかがわせるものは見当たらない。社民党の「自衛隊合憲」「安保認知」が不変かつ真摯なものなら、これらの案との調整は不可能ではない。
 憲法を形骸化させるよりも、守るに足る透明性の高い憲法に改める方が、日本に矜持をもたらし、他国に信頼感を与える最良の道である。その大事業を平時になし得る英知ある国民かどうかが今問われている。


 
 
 
 
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