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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1993/11/16 産経新聞朝刊
【沈黙の大国】(206)憲法への視角(1)老学者の戦い
 
 この長期連載のねらいは、「顔のない国」といわれる日本のさまざまな実態を検証し、「顔のある国」へ脱皮するための条件を多角的にさぐることにあった。日本が追い求めるべき“国がら”、国家像といったものを考えていくと、やはり、憲法にぶつからざるを得ない。「湾岸」以後の日本は、国際社会で責任と役割を果たそうとするたびに、憲法の制約に直面してきた。非自民連立政権が誕生したが、改憲派と護憲派は与野党双方に入り乱れ、憲法論議は整理されないまま棚上げ状態になっている。いま、憲法をどう考えていくべきなのか。それは、日本および日本人の“生き方”とどうからみあうのか。憲法をめぐるさまざまな断面をシリーズで追う。まず、憲法改正に人生をかけた老学者の述懐から始めたい。
 
◆半世紀にわたる格闘
 昭和五十三年春のことだ。当時、早大の客員教授だった関嘉彦氏(現・都立大名誉教授)は、ワシントン近郊のメリーランド大図書館を訪れていた。
 ここには、占領下の日本で連合国軍総司令部(GHQ)の検閲を受けた雑誌がすべて保管されている。関氏の目的は昭和二十二年春に発行された「社会思想研究会月報」だ。
 「もう一度、あの本を見たい」−。そんな思いが米国とカナダの大学での講演の合間を縫って、足を運ばせたのである。その仙花紙四ページの薄い本こそが、関氏と憲法との半世紀にわたる格闘の始まりだったのだ。
 敗戦で北ボルネオから復員した関氏は、二十一年十二月、石上良平・元成蹊大教授、土屋清・元産経新聞専務(いずれも故人)、猪木正道・元防衛大学学長らとともに「社会思想研究会」を発足させた。三十代を中心とした少壮の研究者やジャーナリストたちであった。戦争の反省から、日本に民主主義を定着させなくてはならないという思いを胸に、評論家・鶴見祐輔氏(故人)の事務所の一角を借りてのスタートだった。
 問題の月報は会の機関誌で、新憲法施行を間近に控え、日本国憲法をテーマにした論文を掲載したものだ。「自由民主主義の憲法を検閲のもとに発布するのは矛盾だ。国民に自由な反対意見を述べさせるべきだ」という趣旨だった。
 このゲラ刷りを見たGHQの反応は素早かった。数日後、発行責任者の関氏に呼び出しがかかる。暖房の効いた部屋で待つ関氏の前に、日系二世の下士官が現れ、いきなり、「これは占領政策批判だ」と堪能な日本語で一喝した。その場で大きく「delete」(削除)と赤い文字を記入した。最後は「二度とこんなことをやったら、琉球(沖縄)の重労働キャンプ行きだぞ」。このあと、月に一度は、研究会の事務所に刑事が訪ねて来るようになる。
 
◆遺言のつもりの論文
 メリーランド大図書館で書庫から持って来てくれたのは、問題個所が削除されたあとの月報だった。「控えをとればよかったんですが、当時はコピーもありませんでしたしね」
 もっとも、この論文には、関氏が一番強く訴えたかった憲法九条批判はない。「日本は侵略戦争を再び繰り返してはならないが、武力なしに平和は守れない」という関氏と、九条賛成の石上氏の意見が対立し、一致しなかったのである。
 関氏がはっきりと九条問題を取り上げたのは二十五年だ。それまではGHQの目もあり、憲法論議は控えていたのだが、この年、結核で療養所に入ることになったとき、「日本に対する遺言のつもりで」(関氏)、雑誌「中央公論」に論文を投稿している。「将来、国際連合に加盟するとき、日本がその一員として平和に対して責任を果たすためには、武力が必要であり、現行憲法をそのままのかたちで維持することは通用しない」という内容だ。
 その後、三十四年末に関氏が作成に携わった民社党結党時の綱領でも「憲法を擁護する」という言葉は注意深く避けた。また五十八年、参院比例代表で民社党の名簿順位一位に掲載する話が当時の佐々木良作委員長からあったときも、「憲法改正の考えを持っているが、差し支えないか」とただしている。
 関氏が参院議員をつとめた六年間、九条問題にスポットが当たることはなかったが、平成二年に勃発した湾岸危機で、四十年前に指摘していた問題が一気に表面化した。
 
◆後手に回った湾岸対応
 当時の海部内閣は、国連平和協力法案を国会に提出した。国連平和協力隊を組織し、ここに自衛隊を含めるかたちで多国籍軍の後方支援などを担当させようというものだ。
 しかし、自衛隊の海外派遣や多国籍軍との共同行動に対し、「武力行使を目的に武装部隊を他国に出さない」「集団的自衛権は行使しない」という政府解釈に抵触するとして、当時の野党・社会党などがはげしく攻撃した。政府側の答弁も揺れ、法案は廃案になってしまった。結局、この混乱は湾岸戦争終結後も続き、日本の対応が後手に回る最大の要因となった。
 関氏は、一連の経緯をこう批判する。
 「日本人にはセキュリティー(安全保障)の観念がいかに薄いか、痛感した。国連憲章にうたわれた国連の目的―『国際の平和及び安全の維持』の原文はピース・アンド・セキュリティー。『平和と安全保障の維持』が正しいのに、政府が『平和と安全』と訳しているのは、その証拠でしょう」
 「民主主義を守るために血を流せるのが本当の民主主義国家です。今のままでは、日本は本当の民主国家にはなれない。過去の反省を踏まえ、首相が九条の改正を宣言すべきです」
 十一月十九日で八十一歳になる関氏は、最後にこう付け加えた。「憲法改正の糸口を見つけなければ死ねないね」
 
【関嘉彦氏】 大正元年、福岡県生まれ。
 東京帝国大で河合栄治郎門下に。
 戦後、都立大教授や早大客員教授をつとめ、昭和58年から6年間参院議員。
 社会思想研究、英労働党研究で知られ、民社党結成以来の理論的支柱。


 
 
 
 
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