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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1996/08/25 読売新聞朝刊
[社説]憲法公布50年 新たな人権理念の創出を
 
◆母子の餓死が問うもの
 〈何のために私と子供は生きているのだろうか。一日も早く死なせて頂きたい〉
 〈今日で食べ物の買い物も、すべて終わりました。残金は28円…〉
 〈区役所等にたのんでも、私共はまともには世話してもらえないし…〉
 〈五十年以上、特別苦しんだ結果が食べ物までなくなるとは。訳を教えて下さい〉
 これは今年四月、東京・池袋のアパートで、病身の四十一歳の長男と共に餓死した七十七歳の母親が、死の三週間ほど前まで書きつづった日記の一部である。
 唯一の収入、月八万五千円余の年金は同額の家賃に消え、わずかな蓄えなどで生き延びてきた。家賃、電気、ガス、水道などの支払いを律義に終え、最後の買い物はパン三個とマーガリンの三百九円だった。
 これで一週間食いつなぎ、「苦しさはたまらない」の言葉を残して、ついに力尽きた。遺体の発見は一か月後だった。
 豊かさの谷間に取り残されたこの母子の壮絶な死は、人間の尊厳にかかわる重く深い意味を問いかけている。
 「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」。憲法二五条が保障した〈生存権〉だ。
 戦後の社会福祉制度は二五条の実現をめざす歩みでもあった。だが、高齢社会の急速な進展とともに、「最低限度の生活」の中身と生存権の理念は、今大きな曲がり角を迎えようとしている。
 生活保護、児童、障害者福祉の三法でスタートした初期には、生活苦をいかに救済するかという救貧的な色彩が強かった。福祉訴訟の原点とされる「朝日訴訟」は、九百円の支給打ち切りをめぐって、最低生活保障のあり方を問うものだった。
 それが一九六一年に国民皆保険、皆年金が実現し、福祉の普遍化が実現する。老人福祉法もでき、老人医療の無料化も図られた。バラまき福祉が言われたが、高度成長の果実を享受できた時代でもあった。
 オイルショック後の低成長で第一の曲がり角を迎える。西欧福祉先進国の財政破たんを踏まえ、国民に応分の負担を求める「日本型福祉社会」を目指すことになった。
 だが、それも費用負担の公平に主眼が置かれ、高齢社会に十分に対応できる制度とは、ほど遠い内容だった。
 六十五歳以上の人口が占める高齢化率が一五%に近づいた今、その介護のあり方と財源の確保が最大の課題となった。年金や医療に比べ、著しく遅れた分野だ。
 社会保障将来像委員会が、公的介護保険制度の創設を提唱、社会保障制度審議会が昨年、「社会保障体制の再構築―安心して暮らせる21世紀の社会を目指して―」の中で、基盤整備の財源は国費としても「運用に要する財源は主として(国民の)保険料に依存」すべきことを勧告した。
 今、次期国会への法案提出を目指し大詰めの調整が行われている。その成否は、来世紀の福祉のあり方を左右する。
 巨額の赤字財政の中、九五年に二兆円余だった介護費用が五年後には四兆円台、十年後には七兆円が見込まれるだけに、適正な国民負担は避けて通れない。
 ただ、その際には医療、年金、介護のバランスの取れた高齢福祉制度の再構築が大前提でなければならない。
 平成八年の厚生白書が言うように、高齢者の問題は、だれにも起こりうる一般的な問題だ。高齢と貧困は深い関係にある。餓死した母子のケースが多発したのでは、福祉制度の根底が崩れかねない。
 高齢者の世紀である二十一世紀は、国民の四人に一人が高齢者の時代が続く。国民すべてが公平に費用負担し、少数の弱者へのキメ細かな配慮も忘れない、高齢時代の福祉哲学を構築しなければならない。その議論が決定的に不足している。
 
◆環境権は時代の要請だ
 五十年前の憲法の一条文だけで、現代の深刻な問題に対処するには無理がある。高齢者が経済的にも、精神的にも、人間らしく尊厳をもって生活できる社会のあり方を真剣に議論する時だ。読売憲法改正試案が「人格権」の明記を提言した理由のひとつも、まさにここにある。
 読売試案はまた、人権の新たな概念として「環境権」の創設も主張している。
 わが国の公害・環境行政は、住民が提訴した裁判に後押しされる形で進んだ。その中で、人間らしい快適な生活を営む権利として人格権の考え方が定着し、忍耐の限度を超える大気汚染や騒音には損害賠償が認められるようになった。
 それは経済至上の企業活動、公共の名の下に行われる環境破壊に歯止めをかけ、厳しく改善を迫る歴史だった。昨年、最高裁は大阪―神戸間の国道四三号線の騒音・排ガス公害に、損害賠償を認めた。
 だがその環境裁判は今、厚い壁に突き当たっている。被害を未然に防ぐ差し止め請求が、すべて退けられているのだ。
 環境権に関する明文規定がないことが大きい。進んだ判決と言われる小松基地騒音訴訟の一審判決が、環境権を「権利として未成熟で、法的にも確立していない」と否定したことに代表されている。
 環境権は、これまでのように健康や生活被害が起きる前に、その恐れの段階で防止し、快適な環境や歴史的、文化的環境を幅広く守ろうという考え方だ。環境アセスメントの法制化の根拠ともなる。
 こうした多様な主張を展開する住民運動にとって、環境権を欠く憲法が大きな壁となっている。憲法擁護論者にとっては、ある種のジレンマかも知れない。
 憲法の保障する基本的人権、自由権、生存権などの社会権は、五十年前とは微妙に変化している。マルチメディア時代のプライバシー保護はその象徴だ。社会の変化に合わせた見直しは避けて通れない。


 
 
 
 
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