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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2001/06/04 毎日新聞朝刊
[社説]考えよう憲法/4 国民の権利 普遍的人権が世界の流れ
 
◇低くなる国家主権の壁
 21世紀の「この国のかたち」を、国連の人口動態推計で見てみよう。
 はじめの50年間で人口は約17%減り、1億500万人程度になる。とりわけ働き手(15〜64歳の労働力人口)が急減する。いまの暮らしを維持しようとすれば、今後半世紀にわたって毎年、約60万人以上の外国人の移民を受け入れなければならない、という。
 
◇国民のかたちが変わる
 60万という数字は、机上の計算にすぎないかもしれない。だが、地球規模でひと、もの、かねが大量に移動するグローバリズムが21世紀の基調になるとすれば、「この国」を構成する「国民のかたち」が、大きく変わろうとしていることは否定できない。
 移民は、異質な文化を持ち込む。日本人との間で混血も始まる。米国のような多民族国家になったら、「天皇を中心とした神の国」というような民族の特殊性に基づく一元的価値観はもう通用しないかもしれない。
 昔からいる国民も、新しく来た人々も、国籍に関係なくすべて平等に包摂する普遍的な価値観が求められる。
 日本国憲法第3章は「国民の権利及び義務」を規定している。「国民のかたち」が変わるなら、それに合わせて「国民の権利、義務」も変化すべきだという意見が出ても不思議ではない。
 インドネシアに進出した日系企業の社員食堂ではイスラム教徒の社員のために豚肉を使わないメニューを用意する。それが、信教の自由を保障する具体的な形だ。
 イスラム教徒の労働者が多数日本に来るようになったら、日本の社員食堂もコーランを唱えながら料理を作るイスラム教徒の調理師を雇うのが常識になる。均質な社会が崩れてくると、想像もしなかったような人権問題に直面することになるだろう。
 「この国のかたち」と言い出したのは作家、司馬遼太郎氏である。衆参憲法調査会で「この国のかたち」が論点のひとつになっている。「憲法改正と密接につなげて理解されている」(民主党新緑風会・川橋幸子氏)というように、改憲論の立脚点となっている。
 明治憲法によって日本は近代的な国民国家(ネーション・ステート)としての「かたち」を作り上げた。法の下に平等の「国民」がはじめて日本に誕生した、という司馬史観は、明快な形で新しい国民国家の「かたち」を描こうとするときに、格好のモデルになる。
 だが、ネーションの語源はラテン語の「種族」、血によってつながった集団だ。明治憲法の描いた国家像は、ネーションの語源に近い、天皇を頂点とする単一民族国家である。朝鮮半島、台湾のひとびとまで「兄弟民族」という疑似的な血のつながりで一体化しようと試みた。
 敗戦後、日本国憲法は、平和主義、民主主義、基本的人権の「憲法3原則」を、「国のかたち」の基礎に定めたが、単一民族国家であることは暗黙の前提だ。
 基本的人権を定めた「国民の権利及び義務」(第10〜40条)は、だれを対象にしているのか。最初の6カ条の主語は「日本国民」「国民」である。例えば「基本的人権」は、すべての人類に対してではなく、「現在及び将来の国民」に対して保障されている(第11条)。
 第16条以下は「何人も」と「国民」が混在しているが、基本的人権は、国家が自国民に対して保障するという基本的な姿勢がうかがえる。
 ドイツ基本法と比べてみよう。基本法は1949年に制定された。日本国憲法第1章は「天皇」だが、基本法は「基本権」で始まる。第1条「人の尊厳」から第7条まで、主語は「人」だ。「ドイツ人」が主語になる条文は、第8条「集会の自由」からである。
 普遍的な人権が、国民の権利義務に先行して置かれたのは、前年に国連が採択した世界人権宣言の影響だといわれている。
 
◇論憲に人権宣言の視点
 人権宣言の対象は「各国国民」ではなく「人類社会のすべての構成員」である。すべての人に普遍的な「固有の尊厳と、平等で譲ることのできない権利」を承認している。
 人権宣言は、第二次世界大戦を「民主主義と人権を守る戦い」と位置づけて戦った連合国による戦争の総括という性格があった。そのせいか、日本ではこの宣言を戦後民主主義の思想的出発点として高く評価してきたとはいえない。
 人権宣言を条約化したのが国際人権規約である。日本が批准したときも、憲法まで掘り下げて論議されたわけではない。
 国民国家という「かたち」を大前提にしたこれまでの憲法論議では、国家の枠を超えた普遍的人権を追求する人権宣言の思想は欠落していたといってもいいだろう。
 だが、チリにおけるピノチェト元大統領の人道に対する罪を、英国が裁けるかどうかが問題になる時代になった。
 人権は国境を超えるという流れが有力になっている。日本国憲法は、普遍的人権という新しい「世界のかたち」といつまでも疎遠でいることができるだろうか。
 60年代、内閣憲法調査会では、護憲派も改憲派も、「福祉国家」という共通の理想像があった。その枠のなかで「公共の福祉」と「個人の権利」のバランスが論じられていた。
 いま「福祉国家」像は消えた。代わって、グローバリズムの流れが、国家に、国家の壁を超えた思想を迫っている。地球環境、難民など国境を超える問題に、日本国憲法が向き合っていくためのカギは、世界人権宣言のなかにあるのではないか。


 
 
 
 
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